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はじめに
ロシアのウクライナ侵攻に際して、日本では「ロシア側の主張」「西側(ユーロ&アメリカ)の報道」が増えた。私はその時、本書のことを思い出した。
目の前にある4本の指が「5本」に見えたり「4本」に見えるのが “戦時中” である
この4本の指の話は、拷問中の主人公が「4本」を「5本」に見えるように慣れ、と罵声を浴びせられ続ける逸話で、本書の中からの引用だ。
『1984』ではこの指の話が、メインテーマを示している。
ロシア・ウクライナ戦争(白人同士の衝突)は、スマホ時代の初めての戦争である。
多くの人々が仕事中や学業の途中でもロシアとウクライナの進展を見守った今回の戦争は、両極端な報道を含めて、多様な一つの方向にならないバラバラな報道をもたらしている。
戦争を起こしたロシアは悪い。
だが、時間を経過するにつれ「ウクライナの悪」と「ロシアの悪」が、それぞれ真実味が感じられるようになった人も少なくないのではないだろうか?
そんな中で、本書を再度読んで(3回目)いろいろ考えたいと思った。
著者紹介

ジョージ・オーウェル(1903-1950)
ジョージ・オーウェルの生涯の特徴
著名な人物のため、詳細なプロフィールはさまざまなところで記述されているので、私なりに、彼の個性の源泉となる側面を抜粋していきたいと思う。
- 裕福な家庭に育った
- 幼少の頃から成績優秀(奨学金を3度獲得)
- 一度、共産主義にハマった
- 身体的な弱さがあり、希望するポジションでの徴兵で落とされ続けた
- イギリス領のインドで、イギリス政権(悪政)の酷さを外から見ていた
- ルポライターとしては失敗
- 小説家(児童小説・未来小説)では大成功
- ルポライターとして認められたかった
- 拷問された経験がある
- 結核で死亡
- 結核の隔離生活が、未来の共産主義:『1984』の設定とつながる
- 1950年代でも若い部類の46歳で死去
アメリカ人ルポライターたちをライバル視しつづけた
1900年代のイギリス人と言うのは、往々にしてアメリカ人と競うことが多い。
彼の場合は、同じスペイン内戦をルポして花形となったアーネスト・ヘミングウェイらのいわゆるルポラーライターで伝説的な小説家となった世代のライバルがアメリカにいたのが知られている。
ジョージ・オーウェル自身も、彼らのようなアメリカの『失われた世代』のルポライターたちをライバル視して、スペインの内戦の取材を競って行っていたという資料も読んだことがある。

晩年、徐々にアメリカ人ライターとの差別化に成功していくジョージ・オーウェル
彼の生涯を見る限り、一目瞭然なのが『動物農場』『1984』のような一度は共産主義にハマった経験がなければかけない小説を書いた点だろう。
しかも、オーウェルは分業制の強かったアメリカライターとは異なり、自ら志願して戦地に赴き、軍人としての実体験もあったことで、拷問による思想転向のシーンが記述できた。ヘミングウェイなどの軍歴がないライターとの差異に、おそらくキャリア晩年で気がついたのではないかと思う。
小説『1984』の特徴
小説『1984』を読むのは3度目だったので、今回はこれまで以上に冷静に読むことができた。よって、私の気がついたことを箇条書きしていきたいと思う。
設定面
- 舞台はアジア圏(おそらく中国・ソ連の中間らへんの設定)
- バツイチ中年男と20歳の女(おそらくアメリカ人)の恋愛
- 共産主義=個人のスパイ意識の高まり
- インフラは超ハイテク
- 生活・食事は再貧困層という設定
- 資源の分配には限界がある
- 白人特有の『白人以外は人口減少すべき論』が根底にある
- 記憶の非連続性がメインテーマ
- 戦争が起きると「敵国の真実」「自国の真実」という二つの真実が生まれる
描写面
- 40%が恋愛、30%が拷問、30%が思想転向の経過
- 世界の富は分配できるほど存在しない(白人的思想)
- 女性の老化は致命傷(若い女性は失うものが多い)
- 男は衰えても、幸福になれる(共産主義に思想転向した主人公の最後)
- 男は幾つになっても若い女性が好きだ
白人の思想がふんだんに盛り込まれた小説
久しぶりに読んでみて、一番気になったのは、いかにも白人が書いた小説であると言う点をあらためて実感した。多くの人は、アジアを舞台にしているのに、白人要素が強いのに驚くだろう。
その設定全てに、被白人で高度な思想と数学ができるアジア人への恐怖感があり、登場人物でアジア人は全く出現しないが、舞台裏のさまざまな側面にアジア人への恐怖が現れている。
徹底した「戦時の二重思考」
本書は恐怖小説としても秀逸である。
と同時に、多くの人間がその恐怖描写のために読むのを断念する。
要するに、人を選ぶ要素があり、その差異たるものが本書に登場する『二重思考』の描写だ。そして論理性を全く重視しない「アジアの文化」と「白人の冷徹な拷問」に、表現されている。
情景描写をほとんどしないことで、未来を表現
また、よく本作はディストピアSF小説と言われるが、宇宙船やロケット、未来的な装置、通信手段などは実は、ほぼ登場しない。ただ、支配装置としてのテレスクリーンは登場する。
ただし、テレスクリーンの描写は一切ない。
声が出てカメラレンズがある装置、という記述だけだ。未来感を狙ったと言うよりは、わからないものを徹底して書かない、という消極的技法による未来感が強い。
つまりは、今の一般で言われているディストピアSF小説とは全く異なるのだ。
Q:どんな人が読むべき本か?
A:SFが好きな人以上に、政治が好きな人。
本書は、エンタメ的な要素が恋愛小説パートまでしかない。
それ以外は、拷問と思想転向への尋問の繰り返しである。
確かに、元祖SF小説のハイクオリティな描写はあるし、人物や世界観の設計も凄く、さすが映画『ブレードランナー』(原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』フィリップ・K・ディック)へとつながる、先進的な小説だと言える。だが、基本的には政治小説なのだ。
社会主義(共産主義・全体主義)の持っていた「冷たい熱のようなもの」
では、本書を読むべき人はどんな人かというと、現代も残存している、そして急速に発展しているとさえ言える「資本主義融合型の共産主義」国である、中国やロシア、北朝鮮に興味を持っている人だろう。
これらの国には、豊かな経済もあるが、依然として思想転向尋問や、非人権的な拷問は存在しており、その文化背景や影響を知ることができる数少ない資料に『1984』はなり得るからだ。
マイナンバー時代・本書を読んで『二重思考時代に備える』
だが、何も共産主義と融合しているのは中国とロシアだけではない。
実は、日本もマイナンバー制度の開発と給付金システムの構築を重ねており、また、岸田文雄のように共産主義的な資産分配を標榜する政治家が多く誕生している。
つまり、政治面でも制度面でも『1984』の世界に近づきつつある。また、これはアメリカやヨーロッパ諸国も同様である。今後『1984』のような世界が生まれる可能性はむしろ高いのだ。
よって、幾分極端ではあるが『1984』を読むメリットは、近年むしろ増加していると感じる。
全体主義化している世界において、余計な衝突、余計は主義主張、余計な我慢・踏ん張りを回避できるさまざまなヒントが、本書『1984』にふんだんにあると私は感じる。