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著者紹介
大木 毅
1961年、東京生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。千葉大学その他の非常勤講師、防衛省防衛研究所講師、国立昭和館運営専門委員等を経て、著述業。
『独ソ戦』(岩波新書)で新書大賞2020大賞を受賞。
主な著書に『「砂漠の狐」ロンメル』(角川新書)、『ドイツ軍事史』(作品社)、訳書に『「砂漠の狐」回想録』『マンシュタイン元帥自伝』(以上、作品社)など多数。
あらすじ・概要・前提など
本書は、1941〜43年を主に展開され、1945年まで継続された(事実上はヒトラーの自殺で終焉)ナチスドイツによる、スターリン政権時代のソ連への侵略戦争を取り扱った書籍である。
過去に多くの軍事評論家が「独ソ戦」を扱ってきたが、本書を読む限り、第二次世界大戦直後から2000年に入るまでは、資料統計データ自体にプロパガンダや西側、東側の事情を反映したものが多く、それゆえに冷静な分析が難しかったというのが大きい。
つまり、本書では過去の多くの「独ソ戦」を取り扱った書籍の間違いなどが指摘される。
ほどなくして、戦後70年が経ってようやく『独ソ戦』がまともに語れるようになったという前提があることを、本書読む前に読者は理解しておいた方がいいかもしれない。
あらすじ(版元の文章)
「これは絶滅戦争なのだ」
ヒトラーがそう断言したとき、ドイツとソ連との血で血を洗う皆殺しの闘争が始まった。
日本人の想像を絶する独ソ戦の惨禍。軍事作戦の進行を追うだけでは、この戦いが顕現させた生き地獄を見過ごすことになるだろう。歴史修正主義の歪曲を正し、現代の野蛮とも呼ぶべき戦争の本質をえぐり出す。
目次
- はじめに 現代の野蛮
未曾有の惨禍/世界観戦争と大祖国戦争/ゆがんだ理解/スタートラインに立つために - 第一章 偽りの握手から激突へ
第一節 スターリンの逃避
無視される情報/根強い対英不信/弱体化していたソ連軍
第二節 対ソ戦決定
征服の「プログラム」/想定外の戦局/三つの日付/陸軍総司令部の危惧/第一八軍開進訓令
第三節 作戦計画
マルクス・プラン/ロスベルク・プラン/「バルバロッサ」作戦 - 第二章 敗北に向かう勝利
第一節 大敗したソ連軍
驚異的な進撃/実情に合わなかったドクトリン/センノの戦い/自壊する攻撃
第二節 スモレンスクの転回点
「電撃戦」の幻/ロシアはフランスにあらず/消耗するドイツ軍/「戦争に勝つ能力を失う」/隠されたターニング・ポイント
第三節 最初の敗走
戦略なきドイツ軍/時間は浪費されたのか?/「台風」作戦/二度目の世界大戦へ - 第三章 絶滅戦争
第一節 対ソ戦のイデオロギー
四つの手がかり/ヒトラーの「プログラム」/ナチ・イデオロギーの機能/大砲もバターも/危機克服のための戦争
第二節 帝国主義的収奪
三つの戦争/東部総合計画/収奪を目的とした占領/多元支配による急進化/「総統小包」
第三節 絶滅政策の実行
「出動部隊」の編成/「コミッサール指令」/ホロコーストとの関連/餓えるレニングラード
第四節 「大祖国戦争」の内実
スターリニズムのテロ支配/ナショナリズムの利用/パルチザン/ソ連軍による捕虜虐待 - 第四章 潮流の逆転
第一節 スターリングラードへの道
ソ連軍冬季攻勢の挫折/死守命令と統帥危機/モスクワか石油か/「青号」作戦/妄信された勝利/危険な両面攻勢/スターリングラード突入/ネズミの戦争
第二節 機能しはじめた「作戦術」
「作戦術」とは何か/「赤いナポレオン」の用兵思想/ドイツ東部軍の潰滅を狙う攻勢/解囲ならず/第六軍降伏/戦略的攻勢能力をなくしたドイツ軍
第三節 「城塞」の挫折とソ連軍連続攻勢の開始
「疾走」と「星」/「後手からの一撃」/暴かれた実像/築かれていく「城塞」/必勝の戦略態勢/失敗を運命づけられた攻勢/「城塞」潰ゆ - 第五章 理性なき絶対戦争
第一節 軍事的合理性の消失
「死守,死守,死守によって」/焦土作戦/世界観戦争の肥大化/軍事的合理性なき戦争指導
第二節 「バグラチオン」作戦
戦後をにらむスターリン/「報復は正義」/攻勢正面はどこか/作戦術の完成形
第三節 ベルリンへの道
赤い波と砂の城/「共犯者」国家/ドイツ本土進攻/ベルリン陥落/ポツダムの終止符
終章 「絶滅戦争」の長い影
複合戦争としての対ソ戦/実証研究を阻んできたもの/利用されてきた独ソ戦史 - 文献解題
略称,および軍事用語について
独ソ戦関連年表
おわりに
ブログ主の勝手なまとめ
非常に難しく、読みにくい上に、長い著作なのでいかにシンプル化していく。
『独ソ戦』の流れ
(1)進行前半(ドイツ優勢)
- ドイツ軍の計画ミス(距離・面積)
- スターリンの判断ミス(事前情報・外交関係)
- ドイツ軍の消耗
- ソ連軍の最初の崩壊
(2)進行中盤(ソ連巻き返し)
- ドイツ軍・ソ連軍の立て直し
- ドイツ軍のさらなる疲弊
- ソ連軍の防衛慣れ
- ドイツ軍の指揮系統の劣化
- ソ連軍のスター司令官の誕生
(3)ソ連の押し戻し(ナチス崩壊)
- ドイツ軍の崩壊と撤退ミスとヨーロッパ方面の新たな火種
- ソ連軍のこう着状態慣れ
- ドイツ軍の自然崩壊(指示系統の完全崩壊)
- ヒトラーの自殺と停戦、ドイツの降伏
戦争の長期化パターンは限られる
本書と読む最も大きな意味として、戦争の長期化を知る、というものがある。そして読んでいくと気がつくのは、長期化した戦争にはそんなバリエーションがないということ。
そもそもの問題はドイツ軍の企画段階のミス(距離・面積の軽視)
私は本書を二度読んだ。
その結果、結局は何が独ソ戦の悪化を招いたかというと、それはそもそもの「ドイツ軍の距離と面積の見誤り」だというのに気がつく。これはおそらく著者も同じ意見だと思う。
つまり、最初から「独ソ戦」は、泥沼化することが確定していたのだ。
トップの命令は、戦況が長期化すると伝達されなくなる
また、戦争が長期化することで、それがどんな戦争であっても確実に起きることも本書から読み取れる。それは、指揮系統の劣化である。
大勢の人数が、屋外で長期生活を送ることで、確実に指揮系統が麻痺する。これは通信技術が発達している現代でも同じだという言える。というか、今の方が顕著かもしれない。
お互いに通信を傍受しあって、考えがまとまらなくなっていく工程が、この『独ソ戦』では国名に描かれており、互いに今自分に何が起きているのかを把握できなくなっていく。
これは本書『独ソ戦』の正当な検証が戦後70年でようやくできたのにも見て取れる。
ヒトラーの能力の高さと、スターリンの戦争センスの無さ
『独ソ戦』は結果的に、ドイツ敗北、ソ連が勝利という結果に終わったが、本書で描かれる最高指揮官のアクションは全く正反対だった。
ヒトラーの判断のロジスティック構築センス、人事配置、タイミングなどは実に優れているのがわかる。それに対して、スターリンは初回の情報集ミス、人事ミス、体制構築ミスなどがひどい。
ただ、言えるのは、結果論としてこの二つの要素は、戦果とほぼ無関係だということだ。
戦争の途中経過を知る難しさ
戦争が一度始まると、報告される戦況は非常にグチャッとした内容で、実にストーリー化されにくい。そのせいで、断片的な情報を受け取った幹部たちは勝手に物語を作るハメになる。
これは大勢の人間を動かす時に「ストーリー化した情報」が必要であることと、人間の「行動に理由を欲しがる体質」が、いかに戦争に向いていないかを物語っている。
ウクライナ戦争に当てはめて考えてみる
もはや戦況の分析が無意味化:ニュースが大衆を惑わす
この本で読んだことを、現在のウクライナ・ロシア戦争に当てはめるとどうなるか? もしくは、本書に書かれていることが、どのくらい教訓として活かせるかという点について考えてみる。
現在、私たちの身の回りは、さまざまな戦況の情報で溢れているが、そのほぼ全てが、戦争という異常な環境のために“検証の術がない”ということだ。再調査や、リサーチができず、上がってきた情報を“そのままリリース”するしかない。
それが顕著なのは、停戦交渉を取り巻く状況であろう。停戦交渉が不発に終わるたびに、私たちは何が起きているのあドンドンわからなくなる。
本書を読むことで、一般人たる私たちが、微細な戦況を見守ることが無意味だと事前にわかる。
注目すべきはトップのネガティブな発言のみ:そこにだけ真実が表出する
最後に本書『独ソ戦』を読む最大のメリットについて書いておきたい。
この本を読むことで、戦勝の途中経過を観察する行為がいかに無意味かわかる。
そして、もっとすごいのは、長期戦における一般大衆への真実的な情報というのが、ヒトラーやスターリンの「ネガティブなコメント」のみだったという面を開示しているところだろう。
よって私たちが、ウクライナ・ロシア戦争にしてどういうスタンスを取るべきか、というと、それはゼレンスキーとプーチンがネガティブなコメントをした時だけニュースに注目する、ということだ。
本書を読み込むと、このようなことがじんわりわかってくる。
Q:どんな人が読むべきか?
A:戦時中の“心理”を知りたい人だけ。
本書は、はっきり言って面白い読み物でもないし、読むことで生活や仕事に生きてくる情報は入っていない。あるとすると、危機的な状況が長期化することで人間に起きる「心理変化」くらいだろう。その意味で、非常に素晴らしい本だが、読む意味は全くないと言える。
だが、場合によってはそういう“心理”が必要な人がいるかもしれない。
今のところ私には全く思い付かないが、もし、それが必要なら読んでみてもいいかもしれない。
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