スキャンダル手法・権力掌握は労働運動から学ぶ。日本会議、安倍晋三らに引き継がれたノウハウ『国商 最後のフィクサー葛西敬之』森 功

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書誌情報・目次

安倍晋三射殺で「パンドラの箱」が開き、一気に噴出した日本政財界の闇――
その中心にいたのは、この男だった。

(目次より抜粋)
・政策は小料理屋で動く
靖国神社総代と日本会議中央委員という役割
・国鉄改革三人組それぞれの闘い
「革マル」松崎明との蜜月時代
・覆された新会社のトップ人事
・鉄パイプ全身殴打事件
・ばら撒かれた「不倫写真」
・頼った警察・検察とのパイプ
・品川駅開業の舞台裏
・名古屋の葛西では満足できない
・安倍総理実現を目指した「四季の会」
・メディアの左傾化を忌み嫌う理由
傀儡をNHKトップに据えた
・「菅さまのNHK」
安倍政権に送り込んだ「官邸官僚」たち
・池の平温泉スキー場の「秘密謀議」
・杉田官房副長官誕生の裏事情
・政治問題化したリニア建設計画
・JR東日本とJR東海の覇権争い
・安倍と葛西で決めた「3兆円財政投融資」
・品川本社に財務省のエースが日参
・「最後の夢」リニア計画に垂れ込める暗雲
・JR東海の態度に地元住民が激怒
・「リニア研究会」という名の利権
・安倍晋三への遺言
・大間違いだった分割民営化
・国士か政商か
・覚悟の死

葛西敬之について

ウィキペディアからの引用:死の直前、2022年4月6日の近影

生誕 1940年10月20日
出身地 日本・兵庫県明石市
死没 2022年5月25日(81歳没)
死因 間質性肺炎(2015年に余命5年宣告)
住居 日本・東京都杉並区
出身校 東京大学法学部(法学士)
ウィスコンシン大学マディソン校(経済学修士)
職業 実業家
活動期間 1963年 – 2022年
団体 東海旅客鉄道
肩書き 東海旅客鉄道株式会社名誉会長

葛西 敬之(かさい よしゆき、1940年10月20日 – 2022年5月25日)は、東京大学を卒業後、当時はまだ民営化されていない国鉄にて、アメリカに留学(修士号取得)をするなど、キャリア公務員として若い頃からエリート教育をされた。

本書は、そんな葛西が井手正敬、松田昌士と共に「国鉄改革3人組」と称され、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に尽力した姿からJR東海の会長、国政にてフィクサーになるまでを描いた。

葛西が手がけた、主な事業は他に、JR東海新幹線の品川駅、リニア新幹線事業など。世間で悪魔の団体と呼ばれている日本会議四季の会など、政財官をまとめる私的勉強会も多く手掛ける。

後半では、安倍晋三の第二次政権の誕生のさせ方、菅義偉総理の誕生、岸田文雄内閣にて重要人事を操る、フィクサーとして君臨した生の姿が本書には記されている。

本書は、葛西の死後に出版され、ベストセラーとなった。

要するに、生前は確実に出版できなかった内容が盛りだくさんである。

安倍と葛西が生前時に押さえ込んでいた情報の数々

本書の読みどころは「人脈」。特に警察官僚と財務官僚

著者の森功は、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』や『墜落 「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』など、平成後期から令和までを支配してきた自民党政治家を刺激するような著作が多く、本書もそのような本かな、と思った。だが、様相は少し違った。

本書に関しては、告発本ではなく、ノウハウの流出を目的とした書籍に読めるのだ。

予想以上に、一般人の共感を誘う

自身の女性スキャンダルで「辞めたい」「消えたい」と弱音を吐いた男の “変身”

結論を先に言うと、葛西敬之は、いじめられっ子であり、いじめから多くを学ぶ。

その観点で本書で最も重要な人物として描かれるのは、鉄道労連(後にJR総連)の左翼的な活動家である松崎明である。松崎に関するおどろおどろしい本は、葛西と同じくらい出版されている。

松崎明は、おそらく左翼・右翼両方面での、活動家のバイブル・教祖的な人物だと言える。

一般財団法人 日本鉄道福祉事業協会 松崎明記念館 資料コーナーより引用

本書では偉大なフィクサーである葛西を含めた、「国鉄改革3人組」の井出や松田も、この本の中で終始この松崎に怯えている姿が描かれている。

特に、解体後の中心司令部になるはずだった、JR東日本は、この松崎によってボロボロにされて破壊されまくった様子が見てとれる。そのおかげで、葛西のJR東海は活躍できたのだろう。

葛西は唯一、松崎の陰謀(洗脳された公安OB)の操り人形を見破った

この松崎に、なぜ民営化後のJR重鎮達が怯えたかと言うと、彼の手法は、正統派の左翼的なアクションではなく、時にはスキャンダル、ハニートラップを使い、時にはCIA的なスパイ活動、時には、人情あふれる人心掌握をすると言う、バリエーション豊かな怖さがあったからだろう。

そんな松崎明だが、国鉄の民営化は、メインの国労という労働組合の解体が必要で、そのためには松崎の力と能力が必要だった

が、民営化の後、松崎の力がJRに毒が広まるように広まっていく。井出や松田は、松崎の暴走を止めることができず、JR東日本はどんどん落ちていく。葛西ですら、松崎に言われて、労働運動で解雇された元国鉄の社員を、松崎に言われてJR東海で再雇用するなど、やられまくっているのだ。

これらのことは、おそらく葛西の死後でなければ世に出なかっただろう。

葛西が、松崎の手法を見破り、自分の手法として取り入れる瞬間

1991年に松崎に反抗し、目をつけられた葛西敬之は、女性スキャンダルによって全国的に血祭りになる体験をする。その時の、JR社長を「逃げたい」「辞めたい」「消えたい」と毎日泣き言を言う葛西の姿が、本書には、リアルに描かれている。

しかしその後、葛西はあることがきっかけで松崎を攻略する。そして、その理由であったり、その松崎のスキャンダル攻撃を見抜く能力の成長も、本書では書かれている。

そして、葛西も晩年、この松崎のスキャンダル攻撃を他で使う。

天下りの元公安官僚も次々にかかった、松崎のハニートラップ

葛西が引っかかったのは、パーティで松崎に美人を紹介されるという手法

本書を手に取った人は、おそらく笑った人も多いのではないかと思う。前半の葛西は、全然フィクサーさがない。この前半部の葛西の情けなさが、読み手に瑞々しさを与える

ちなみに最も怖いのは、松崎潰しのために、警察庁から直々の指名をされ、JR東日本に天下った元公安警察OBが、一瞬にして、松崎に従順になってしまう件だろう。

松崎は、公安官僚ですら、楽勝に洗脳・懐柔していたのだ。

労働組合の闇、そして、日本だけほぼ全滅した「労働運動の実像」

民営化とは「労働組合・運動潰し」と「組合年金潰し」

日本社会党、つまり今の社民党が1990年くらいまで自民党とほぼ同等か、それより若干少ないような議席数で、100議席をゆうに超える第二党だった。

この日本社会党系を支えたのが、戦後の労働組合であった。

この書籍を読むと、その社会党の衰退と、民営化が被っていることがわかり、そして、社会党と労働運動が、撃沈したのかがよくわかる。企業人と官僚、政治家が潰したのだ。

松崎明のようなスーパースターが原因で、むしろ衰退する左翼運動

より良い企業経営に寄り添った、アメリカの労働運動とは違う道

松崎自身は、労働組合の資金を流用した、資産運用や別荘の購入を晩年にばらされて失脚する。彼の失脚時期と、日本の労働運動が一気に衰退し、社会党の議席も減る時期が重なる。

本書には、葛西敬之の心の動きを通して、前半はこの企業活動を阻害し続けた“労働運動との戦い”が、ずっと描かれ続ける。もっと言うと、そこには、企業活動の経済性を無視し続けて、基本的人権に裏付けられすぎて地獄に落ちた日本の左翼活動家のアリ地獄が、描かれている。

その結果、財界と政治がより一層、結びつき、今に至る。その描写が克明に書かれている。

労働運動から負の部分を、拡大展開

副官房長官の人事と、NHKの社長人事のコントロールにこだわる

ひたすら、悲惨な目に遭い、スキャンダルや組織攻撃を受けまくって、ボロ雑巾のようになった2000年代ごろまでの葛西敬之は、喘ぎながら、松崎明たちの工作能力を自身の企業活動に転用していく

その主なものが安倍晋三内閣の二期目をサポートした『四季の会』や、NHK社長人事や経団連、法案成立、内閣予算組に影響を与えた『日本会議』である。

もっと簡単にまとめると、

  • 副官房長官人事
  • NHK社長人事

この二つを掌握しただけで、日本をコントロールできることを証明したの本書の最大の魅力である。

「礼儀」「気配り」:葛西のフィクサー手腕

葛西敬之の礼儀多差しさ、気配りが『四季の会』『日本会議』の原動力

本書では、実際の悪魔的な葛西敬之の手腕が、どちらかと言うとほのがなしいメロディー的なすっと入ってくる情報として読めてしまう。それは、葛西が実に弱々しい人物だからだろう。

そして、その葛西の強さに頼らない手法は、怒りや意志力、努力、決断力といった類のものとは程遠い、礼儀正しさ、穏やかさ、気配りがベースの、まるで世間の権力感と逆のもので構成されている。

それには、もちろん、彼が東大出身でアメリカの大学(修士号)も出たエリートであり、JR東海のトップであると言う、余裕から生まれていることも否定できない。だが、肩や葛西敬之から、フィクサーとして職能を引き継いだ安倍晋三は、低学歴でむしろ血筋がアダになりやすかった。

その点で見えてくるのは、再現性の高いフィクサー力である。つまり、葛西のフィクサーぶりは、ある程度コツをつかむと、誰でも習熟できるかもしれない。そう思わせるものが本書にはある

Q:どんな人が読むべきか?

A:組織で、密かに、どんな形でもいいので立場を変えたい、成り上がりたい、と思っている人。

この本で語られる葛西敬之の生涯は、自分が決して望んでいなかった、JR東海という地方のお山の大将にされてしまった男の、逆転の成り上がり人生だと言える。

国鉄解体での最大の功労者であり、当時の権力者であった運輸大臣の三塚博、日本の当時のフィクサーであった瀬島龍三を取り込み、最終的には昭和後期の最大の権力者であった中曽根康弘まで取り込んだ葛西は、トランプでいうロイヤルストレートフラッシュを決めたようなものだった。

しかし、ここまでやったにも関わらず、葛西は望んでいたJR東日本への配属はされなかった。それは、井手正敬や松田昌士などの「国鉄改革3人組」が葛西を恐れたからでもあるし、彼自身の大胆な動きと自分のアイディアに自信を持って、諦めないスタンスが、組織的に嫌われた面もある。

左遷された人間ほど、青天井の権力指向を持つ、という本。つまり弱者の本

葛西は、結果的にフィクサーと呼ばれたが、この本では最初から最後まで、周囲に足を引っ張られたり、部下に裏切られたりと、全くもってうまくいかない姿が描かれ続ける。

しかし、その人生の中で動かしたものは確かに、よく考えると大きい。そんなことが書かれている。感覚としては1勝4敗くらいの程度の人生でしかない。

そういう意味で、私はどちらかと言うと途中から「パワーゲームの教則本だと思って読む」感じで、のめり込んでいった。そう言う意味で、日々社内の人間関係などで疲れている人に対して、癒し効果だったりとか、勉強になる面があると思う。

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