ダニエル・エク プロフィール
1983年、ストックホルム生まれ。14歳の時から起業家として活動。2003年に音楽配信アプリSpotifiyを創業。ユーザー数は4億人を超え、現在もCEO。総資産は44億ドルを超える。
著者プロフィール スベン・カールソン
1986年生まれ。ノッティンガム大学で北米学と歴史を学ぶ。2014年コロンビア大学でジャーナリズムの修士課程を卒業後、AFP通信等で勤務。2016年、アメリカでのスポティファイ株式公開を取材。その他、ウーバー、サウンドクラウドなどのテクノロジー企業を中心に取材している。
CEOダニエル・エク非公認書籍、ゆえに人事の記述が凄い
冒頭で触れられるのが、本書はCEOのダニエル・エク非公認の自伝だということである。これはのちに触れるが、版権をめぐる著名アーティストとの争いや様々な裁判などに関係するからだと思われる。もちろんその分だけ、本書は面白いと言える。
違法コピーを止める「無料」という建前と推進力
Spotifyの起業時の理念は、「無料でweb上の違法コピー音楽ファイルを無くすシステムを広告で運用する」というもの。どう考えても儲かりそうではないSpotifyがここまで成長できたのは、この優れた理念を時間をかけて浸透させてきたからである。
そういう意味で、普段はわかりずらい「経営理念」というものの大切さが、本書から読み取れる。とても珍しい書籍かもしれない。
ボブ・ディランとテイラー・スウィフト、そしてジョブズの妨害
本書の中盤から後半にかけて登場するアメリカのショービジネスとの確執も面白い。
特に、2014年のテイラー・スウィフト離脱問題でSpotifyを知ることになった人も多いだろう。ただ、恐ろしいのは、スウィフト離脱によってSpotifyを解約したのは200人前後という驚愕の数字である。彼女の離脱によって次々とアメリカの大物が離脱したが、それでも全体的には数百の範囲内だったという記述がされている。このアメリカショービジネス業界の見事なハリボテってぷりも、本書をダニエル・エクが非公認とする理由かもしれない。
また、アップストア関連の妨害、iTunesとの版権争いなど、アップルの妨害なども多く盛り込まれている。表面的にはクリーンなイメージのスティーブ・ジョブズだが、必要以上にSpotifyを攻撃している。おそらく、この辺がバイデン政権でのFANGへの独占禁止法適用への流れを作っているに違いない。Spotifyユーザーはその後、iTunesを全く使わなくなったという統計もあるため、現実社会と照らし合わせて、この辺は楽しく読める部分となる。
無言で余計なことを言わない「後回しCEO」の魅力
係争が盛んに行われる音楽版権業界で、このCEOは驚くほど自分から動かないのも、本書を面白くしている。動き回り、血を流すのはほとんど他人である。これはどちらかというと、日本の経営陣に似ている。そういう意味で、日本的な企業がアメリカの版権ビジネスに進出するときの良いモデルケースになるかもしれない。
後半部で語られるアメリカ財務関連人事の高速回転
ただ、CEOが動かない。ということの欠点は、Spotifyが意図しないIPO上場を迫られた点である。会社の規模が大きくなるにつれ、財務部人事が急速に入れ替わる。それに合わせてトラブルも増え、借金が膨らみ、会社の規模を保てなくなったときに、IPOにイヤイヤ踏み切るまでの経緯が本書では描かれている。なんだか、アメリカという国にハメられているようにも見える。IPOによって、企業としては意思決定スピードが急激に遅くなっていく。
ザッカーバーグ、ピーター・ティール、ショーン・パーカー
Spotifyの成功の影には、やはり同世代のこの三人の暗躍が欠かせなかったというのも、本書に書かれている。たまたま同世代でショーン・パーカーとザッカーバーグだったということと、狙っている業界ポジションが近かったというのもある。アメリカという国であっても、コネクションの重要性が欠かせない。Spotifyは間違いなく、この三人のコネがなければアメリカに上陸していない。
書籍は翻訳があまり良くない=オーディオブックが良い
アマゾンではレビューが非常に荒れている。その原因は、どうやら翻訳のズタボロぶりである。私は書籍も買って、オーディオブックも読んだが、明らかにオーディオブックはリライトされている。読みやすいし、難しい内容もない。また、ノンフィクションではあるが、周辺人物の会話も多く、オーディオブックならば眠くなりにくいとも思う。ぜひとも参考にしていただきたい。
本作は、2021年内にネットフィリックスでの映画化が決定している。
きっとその頃には、もう一度本書のブームが来るのではないだろうか。