著者紹介
稲盛和夫(いなもり かずお、1932年(昭和7年)1月21日 – )鹿児島大学卒業。京都セラ創業者、KDDI(旧DDI)創業者、JAL元社長(事業再生着手)。日本を代表する経営者で、その経営手法は「アメーバ経営」と言われる。晩年は、三田工業や日本航空など困難な事業再生を手掛けることが多く、また文化面では京都賞を設立し、同賞はノーベル文学賞の前哨戦と言われるくらいの大きな影響力を持つ。世界的に心棒者が多い。
読むべき人
- 昭和の日本人の強靭さに触れたい人
- 経営者やトップエリートが隠れて好むスピリチャル思想を知りたい人
- 最近やる気が起きない人
- 貧乏で労働意欲がない人
向いていない人
- FIREしたい人
- 昭和が嫌いな人
なぜこんなスピリチュアルな本を選んだのか
なぜ、宗教を信じない私のような人間が、このような本を読むに至ったのか?
本書は、はっきりって今現在起きているFIREブーム(Financial Independence, Retire Early)の全く逆のテーマだと言える。こんな一見時代遅れな本を、なんで読むようになったのか?それは、2人の経営者と1人の韓国人映画監督にすすめられたからだ。
特に、アメリカの映画祭で出会った韓国人映画監督がイナモリ・カズオを知っていますか?といってきたときに、かなり驚いた。同書は、韓国語でも出版され、多くの人々に読まれているらしい。その映画監督は、一年に何度もこの本を読むといっていた(日本人向けのリップサービスかもしれないが)。

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本書に書かれていること
この本では、稲森氏がキリスト教、仏教、宇宙論などを用いて全身全霊でスピリチャル的な「利他思想(他人のために生きる)」ことを説く。これは、経営者によくみられる行為でもあり、例えば、日本で最初のコンサルタント業を営んだ船井幸雄氏などにも通じるものである。
船井氏の書籍同様、スピリチュアル最大のパワーワード「サムシンググレート(自分以外の偉大な何か:超常現象的なもの)」が、本書でも登場し、後半にいくにつれてどんどんドライブがかかってくる。おそらく、この辺から1990年代以降生まれの現代人はついていけなくなるのは間違いないと思う。

スピリチュアルと教育の関係と捉え方
宗教を信仰している人は、礼儀や集団的バランス感覚、周囲の人への配慮を改めて教える必要がなく、自分から率先してそれらを意識して行動するのは、感覚的にわかる。よくキリスト教の洗礼を受けた子供は、普通の子供に比べ、グレにくいし、育てるのが楽だ、という話も聞く。
ただ、本書の稲森氏の話を聞いていると、その延長で彼がこんなにスピリチュアルになっているとは思えない。利他、他人のためというところは少しは共通しているが、稲森氏の強烈なスピリチュアルは全く違うような感じがする。
やったことがないことを実現する「気合」説
この本が支えている思想は「気合」に似ている。その「気合」の部分を、表現するのに、言語化する適切なものがなく、代わりにスピリチュアル的な用語を乱発しているのではないか?そしてその部分が、日々、無理をして限界に挑んでいる経営者や、トップサラリーマンに支持されているのではないか? 再読して、私はそのように思った。
このような「昭和本」に時々立ち戻る必要性
本書は、徹底的にピュアであり、女性の話は出てこないが、この勢いはほとんど「処女信仰」に近いような気さえする。かなり危ない。だが、これは確かに、欧米型の労働思想(全然実現してはいないが)が入ってきてから、日本人から失われたものだと思う。長く続く不景気も、この稲森氏の「利他」を失う方向に向かわせたのは、容易にわかる。
私自身は、この本を読んでどう思ったか?
なんというか、非常に他人事だが、昭和が懐かしくなった。そして、日本人はもう二度と、稲盛和夫のようなマインドを国民全体が持ち得るような社会は来ないかもしれない、ということである。
だが、今後世界で戦っていく上で、彼の思想が、これしかない、と呼べるような強さを持っていることも確かである。才能がなく、生まれも育ちもよくない人間が、世界で勝つためには、やはりこのような思想を、恥ずかしがっていいので、どこかで持っていないとダメだと最近思う。
そういう意味では、久しぶりに読んでみてよかったと思う。