著者紹介

ヘンリー・チャールズ・ブコウスキー(1920〜1994)
ドイツ系の移民で、父の暴力で何度も家出をするなど、家庭が環境が悪い中育つ。顔のアバタに青年期からコンプレックスを持ち、そのせいで過酷な青春時代を過ごした。ロサンゼルス・シティー・カレッジ中退。大学卒業後、清掃人や肉体労働、雑仕事などクビになり続ける。
1955年に郵便局で働くようになり、作家デビューしてからもしばらく働き続ける。作家として成功するのは、50歳を過ぎてからだ。その頃、出版社の社長(ブラック・スパロー・プレスのジョン・マーティン)より、生涯毎月100ドル(当時のレートで14万円程度)を払うから、専業作家になってくれと言われた逸話は有名。
日本では、ニルバーナのカート・コバーンが敬愛していたところから、著書が流通し始め、ビートたけしや数々のファンを生み出したことで、グランジブーム終焉後も多くの書籍が発行され、結果的に主要な書籍がほとんど出版されるという極めて珍しいケースとなっている。
私とブコウスキー:初めて全書籍を読んだ作家
私は、もろグランジブームの世代なので、1990年代に彼の本を読み始めた。そんな中で、一番お勧めしたいのは『パルプ』一択である。世間的には『町でいちばんの美女』『ポスト・オフィス』などが推奨されているが、いずれも推奨者はインテリの学者とかで、本自体の厚さもかなり分厚い300〜500ページくらいある。よってすすめない。『パルプ』はブコウスキーの作品の中でも最も薄い。
『パルプフィクション』と『パルプ』
『パルプ』を読む前に、数点共有しておきたいことがある。
皆さんはクエンティン・タランティーノの『パルプフィクション』(意外にもカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞)という映画の存在は知っているだろうか?二人の殺し屋が、麻薬を吸ったり、美人のボディーガードをしたりする話だ。この『パルプフィクション』も本作『パルプ』も実は同じテーマで作られている。
パルプというのはジャンル名
パルプというのは、ジャンル名で、1950年代から1980年頃まで流通した雑紙という目の粗い汚い紙に汚いインクで印字された書籍・コミック全般をいう。今でもこのような印刷で少年ジャンプなどは刷られている。
その「パルプ」の流行は、どうでもいい、反倫理的なくだらないストーリ構成の読み物に支えられた。きちんとした版元ではなく、個人だったり、適当な集団によって出版されたからだ。誤字脱字も多く、売るためには手段を選ばないため、ポルノやパクリ、有名人の風刺なども多かった。
それらをオマージュする作品が、『パルプフィクション』や『パルプ』である。
チャールズ・ブコウスキーという作家は、本当はこの「パルプ」の全盛期に作家デビューして売れっ子として振る舞いたかった。だが、彼が認知され、人々の人気がで始めたのは50歳を超えており、「パルプ」の衰退が始まっていた。なので、彼の作品の中で描かれる三文文学的なノリは、かなりのノスタルジーが入っている。故に、リアルタイムな「パルプ」よりもプロで磨きがかかっている、研ぎ澄まされた低俗小説というのが、チャールズ・ブコウスキーのスタイルである。
『パルプ』:時給600円の名探偵のSFエロ・アクション小説
「おい、ケツの穴、こっちへきて俺のタバコに火をつけろ」
「『ケツの穴』? あんた、こんな時に、自分の体に向かって話しかけてるのか?」
「お前のかあちゃんなんか、ケツにイボがあるじゃねえか!」
「なんだと? おいビレーン、お前まさか……」
「いやいや、違うよ。別の男さ。そいつから聞いたんだ」
主人公は、ニック・ビレーンという探偵で時給600円もらえたらどんな仕事でもするアル中。彼の元に、ピチピチのボディコンを着た美女から「赤い雀を探してほしい」という依頼が来て、それ以後、ビレーンは宇宙人や極悪犯、超能力者などにひどい目に遭い続けるという話だ。
本書が変わっているのは、終始下品な会話で笑わせつつも、要所要所で妙な人生の悲哀を出してくるところである。それはチャールズ・ブコウスキーの極度の遅咲きがなせる技だと思う。
フォークシンガー中川五郎による名訳

『パルプ』は、1960年代から活躍するフォークシンガーの中川五郎によって翻訳されている。他の書籍は、通常の翻訳者(多くは大学教授など)だ。お坊ちゃん翻訳家である。
つまるところ、中川氏は渡米の経験も多く、本場のパルプムーブメントもよく知っている。そもそもがヒッピーで、現地できつい暮らしもしている。
他の翻訳者は、大体あとがきで、訳すのが難しかった(故に必要以上に本が分厚くなる)というように、うまく翻訳でているか怪しい。この中川氏の翻訳が実に優れていると思う。
『オールド・パンク』
次にオススメするのは、ドキュメンタリー作品。
本作では、ブコウスキー自身の生前の映像を元に進められる。面白いのは、離婚した情報やその娘、三度目の結婚の妻などの映像があることだ。また、無名時代の様子から、有名になって有頂天になり、生活が荒れ狂う様子もしっかり写っている。
ブコウスキー作品は、実は小説の実写映画化もたくさんれているが、ほとんど全て失敗しておりつまらない。全部見たが、どれもお勧めできない。
その点、このドキュメンタリーはいい。ボーナストラックも、監督やブラックスパローの社長として有名なジョン・マーティン(ブコウスキーの終身年金を補償した=『パルプ』の時給600円とほぼ同額)などのエピソードもあり、面白い。
『死をポケットに入れて』
最後に、進めたいのは『パルプ』の次に薄い『死をポケットに入れて』である。
翻訳者は、『パルプ』と同様に中川五郎である。
本書は、ブコウスキーの晩年の死までの2年間の彼自身の日記を公開したものだ。
『パルプ』と打って変わって笑える部分は少ない。
しかし、彼ほど正直に自分の死に際を公開した人も珍しく、その点がいい。生前の大酒飲みで喧嘩っ早いイメージと逆行するような白血病で彼はなくなるのだが、その無菌室に入る直前までの様子を垣間見ることができる。
以上です。参考にしていただけると嬉しいです。