著者紹介

曽根剛
年齢非公表(上田監督と同年代:40代前半)
日本の映画監督、撮影監督。京都府出身。映画『カメラを止めるな!』(監督:上田慎一郎)で第42回日本アカデミー賞優秀撮影賞を受賞。
映画監督としては海外で自主製作作品を多く手掛けている。
どの作品も予算数十万円~500万円以内であり、カメラマンとして参加した映画『カメラを止めるな!』を実例とした低予算映画制作のハウツー本の本書「低予算&無名の超・映画撮影術」を玄光社より2020年4月30日に発売した。
自身で開設したそねちゃんねるでは、同業者にはたまらない動画を数多く配信している。
目次
- 第1章 企画(映画企画が二転三転する様子が参考になる)
- 第2章 撮影1
- 第3章 撮影2(ここが一番ためになる)
- 第4章 編集(無料の『DaVinci Resolve(ダヴィンチリゾルブ)』に言及)
- 第5章 公開(劇場公開の現状などがリアルだ)
- 第6章 スピンオフ企画
概要
『カメ止め!』撮影の裏話、低予算映画の裏話……赤裸々すぎ!(映画監督・上田慎一郎)
2017年公開で日本だけでなく世界に大旋風を巻き起こした映画『カメラを止めるな!』。
本書は、プロの撮影監督として活動しつつ、ご本人もかなり優秀な自主映画監督でもある曽根剛氏による、門外不出のインディペンデント映画制作手法の手引書である。
映画の予算は監督よりも撮影監督に左右される
予算300万円のインディーズ映画ながらも国内及び海外の映画賞を数々と受賞し、興行収入31億円という大ヒットとなった奇跡の映画の撮影監督として、第42回日本アカデミー賞 優秀撮影賞を獲得した著者が、『カメ止め』を例に挙げながら、低予算でいかに映画を制作するかを赤裸々に語る。
企画から脚本、撮影、編集、字幕付け、DCP作成、映画祭出品、宣伝、宣伝用の販促物制作、売り込みなどを、予算がないなかでどうやって工夫して効率的に行うか、その究極のノウハウが詰まった一冊。学生映画に関しては、おそらく、この本以上の教則本は存在していない。
実際、映画における現場予算の中で、監督・プロデューサーよりも撮影監督などの技術部門のボス的立場の人間による采配が重要である。
特にこの曽根氏のコストカットの手法は、作品のクオリティを落とさずにいかにして出費を防ぐのかに長けており、私のような業界人でも知らないノウハウが満載であった。
ある意味、価格破壊で業界暴露的な側面もあるが、本書が出てしまったからには、映像業界の人間は本書を読んでおくべきだと思う。↑目次の太字は私が感銘を受けた部分
紙の本の方はサイズも大きいし重いので、電子版がおすすめだ。
Q:どのような人が読むべきか?
A:何と言っても学生映画関係やインディペンデントの監督・スタッフだろう。
卒業制作などを作るときは、下手したら教授の指導よりこの一冊の方が価値が高いかもしれない。ここだけの話、私が卒業した東京藝術大学大学院でもこの本の存在があったら、卒業制作で発生していた数々のトラブル・問題は、かなり減らせたかもしれない。それぐらいの良書である。
ただし、忘れてはいけないことがある。
曽根氏のような低予算現場で熟練を積んだ撮影監督だからこそできるノウハウも結構含まれており、初心者が真似するには難しい内容もある。
よって、そのまま真似ると言うよりは、コンセプトや哲学を学ぶと言う観点も持って読んで欲しいと思う。もちろん、素人でもすぐにまねられる内容も豊富だが。
また、インディペンデント作品の運用面(劇場公開、配信など)に関しても、今のところこの本以上の詳細ですぐ使える情報は見当たらない。作った映画をなんとかして劇場公開したい人は、この箇所もかなり参考になると思われる。
Q:業界人に特におすすめ?
A:いや。
はっきり言って、業界でまともに働いている人には読んでもらいたくない。それより個人的にもっと読んでもらいたい層がいる。それは地方創生映画を作ろうとしている、人間たちである。
2011年以降、東日本大震災やコロナウィルスなどの危機的状況によってYouTubeの使い勝手が一気に向上した日本では、地方創生映画が盛んになりつつある。それらの多くは、地方の青年会議所(若手経営者の会)や市役所や役場(地方公務員)によって運営されている。
地方宣伝としての映画は、思いのほか効果を生み出すことが多いのだ。
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それには理由がある。
例えば、上記の濱口竜介監督の『ドライブ・マイカー』の記事などでわかるが、情報の特殊性がない地方都市でも、キャスト、産業、ネタ的情報などの情報とリンクさせて検索ワードとして表示させることができ、メディアでの即効性が高い。
また、政策の面でも国や地方の助成金が豊富なため、支援側も製作者側も負担を軽減することがしやすい。通常の出資を募るケースやクラウドファンディングに比べて、信用度も強い。
とはいえそれらの団体は、そもそも映画制作に関しての手持ちの情報が圧倒的に少ない。そんな人はこの本を読むだけで十分すぎる情報を獲得できる。
一番にお勧めしたいのは、そういう方々だと言える。
Q:デメリットはあるか?
A:ある。
この本に書かれている金銭的な事情や労働環境は、あまりにもあからさますぎて、映像業界全体の標準を地盤沈下させる危険がある。
果物で言うと、仕入れ値を提示している状態で、かなり危ない。
そう言う意味で、映画や映像広告を作ろうとしてる(企業・団体)には読んで欲しくない情報がてんこ盛りである。だが、彼らはきっと読まないだろう。それを祈る。
Q:一番面白かった部分は?
A:やはり映画監督を兼ねている撮影監督が書いた書籍であると言うところだと思う。撮影監督をやりつつ監督もできる人材というのは、かなり希少な存在で、しかも有効な情報(ある意味有毒)を暴露してくれるということとなると、凄いに決まっている。
映画業界は、情報共有の意識がかなり低い
映画業界というのは、監督ジンクスというか、いろんな変な慣習がある。
例えば、『映画監督どうしは利害が対立し、仲良くできない』とか『映画監督は、スタッフに対して意地でも強権リーダーとして振る舞わないと現場が回らない』とか『助監督が、映画監督になると助監督の仕事が来なくなり貧乏になる』とか、である。
一眼でこの業界がかなり陰険な体質にまみれているのがわかるだろう。
これらは全て、昭和のスタジオシステム時代の映画監督像が拡大解釈されてもたらされた。
つまり、年寄りの人間たちによって『映画監督はこうであってほしい』という、変な空気感から固く常識されてしまったものに、さらに醜い私情が重なって出来上がったものだ。
本書を読むと、そう言うものが今後崩れていくだろうというのがわかる。
そして、映画監督本来の身分の低さも浮き彫りになる。自分では何にもできす、周囲のスタッフの文句などにめっぽう弱い、実は映画作りの底辺である存在が、映画監督なのだ。
こういう状況暴露ができるのは、著者が撮影監督して一流で生計を立てられているからに他ならない。立場が、監督一本の人間よりもそうとう上なのだ。
Q:ほかに面白いところは?
A:例を出すと、『カメラを止めるな!』が上映された映画祭で、自身の作品が落選しているのに、撮影監督して出席したケースや、日本アカデミー賞を受賞した後に自身の映画作りで多大な恩恵を受けている部分などが、とても面白い。
あと、上田監督の昔話(小説を自費出版したのとか、ホームレス時代)などが語られるのも、おもし買った。