今後、視覚よりも聴覚の重要性が高まることを予見。IT化で激変する映像業界のターニングポイントとなる『THE GUILTY ギルティ』グスタフ・モーラー

映画制作

本映画はアマゾンプライムやU-NEXTにも収録されています。

作品情報

【原題】Den skyldige

【制作年】2018年※
※2021年にNetfilix作品としてハリウッドでリメイク:
制作兼主演・ジェイク・ギレンホール、アントワーン・フークア監督

【製作費】500,000ユーロ(日本円で約6300万円)

【世界興行収入】約8.5億円

【STAFF】
脚本・監督:グスタフ・モーラー
製作:リナ・フリント
脚本:エミール・ナイガード・アルベルトセン
撮影監督:ジャスパー・スパニング
編集:カーラ・ルフェ
音楽:オスカー・スクライバー
デンマーク映画作品
第34回サンダンス国際映画祭観客賞受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー Top 5 Foreign Language Films

【日本劇場公開日】
2019年2月22日

あらすじ

過去のある事件をきっかけに刑事としての職場から左遷をされたアスガー(主人公)は、緊急通報指令室のオペレーターとして、交通事故の搬送を遠隔手配する部署に移動となった。そこでの業務は地味で、強盗や迷子などの小さな事件を電話越しに応対するというものだ。

そんなある日、アスガーは、今まさに誘拐されてようとしている子連れの女性からの通報を受ける。車の発進音や女性の声、そして犯人の息づかいなど、電話から聞こえるかすかな音だけを頼りに、アスガーはあらゆる手段を講じていくことになる。

概要と見どころ

本作の見どころを以下に箇条書きしていく

  • ワンシュチュエーションもの
  • アイディア専攻型の成功例
  • 高度なストーリー展開
  • 低予算(世界流通する作品としては極小の部類)
  • 壮大なテーマと内容(人類が今後直面するリスク)
  • 時代を先取りした演出(特に音声)
  • IT化が進むことによって、本作の影響を受ける作品が増える

本作は、新人監督の国際的な登竜門であるサンダンス国際映画祭で観客賞を受賞しているが、演出方法や内容面で、決して大衆向けではない。内容もやや難しい部類に入る。観客賞は、一般的にわかりやすいウェルメイドな作品がとることが多い。

内容のほぼ95%くらいの展開グーグルマップを搭載したPCヘットフォンの通話で進行するため、当初ソーシャルネットワークの中で全ストーリーが完結する『サーチ』という映画と比較されたが、私としてはデキは本作の数段上である。

本作は『サーチ』とよく比較されるが、デキは全然『ギルティ』の方が上だといえる。技巧的にも凄い。

通信ツールのIT化により、本作の影響を受ける作品が激増する

視覚演出よりも音声演出が今後主流になることを示す

本作は、緊急司令室からロケ場所を移動しない。

しかも、その緊急司令室の中でさえも、ごく一部のスペースしか使用しないという。

なぜこのような作品が生まれたかというと、それはもちろんアメリカ以外は低予算の作品を制作する以外にないという経済的な側面もあるが、それよりも一番大きいのは、現代のコミュニケーションツールの小型化とIT化・AI化だろう。

本作は、わたしたちの「日常」に限りなく近い

スマホの登場からもう15年以上も経っており、IT化の流れに現代は90歳越えの老人ですら、自然と従うようになった。決済では現金を見ることもなく、会社は会議の時だけ週1で行く。そんな世の中に現代はなった。

コロナウィルスのせいで、技術の進歩は10年前倒しになり、2020年のIT技術は当初の予定では2030年に実現する予定のものばかりだとう検証データもある。

コロナ禍によって引き起こされた環境シフトを的中させた、経済学者のリンダ・グラットンのベストセラーシリーズでは、まさにこの映画で引き起こされる悲劇をも織り込んでいるように見える。

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元刑事の司令官が、地獄に落ちていくリアルさを支えたのは “サウンドデザイン”

しかし、いくら内容が今風で、リアルに近いからと言って、映像化が成功するとは限らない。

なぜなら、このリアルさは、かなり地味で無視されやすいものなのだ。

ましてやこの作品のように誰も見たことがないジャンルの映画は、技術的なものが少しでも抜け落ちると、一瞬で、おバカ映画になってしまう可能性があった。

本作の成功に欠かせない、4名のサウンドデザイナー

映画データベースサイトでは本作のサウンドデザイン部門には四名もの専門の技術者が登録されている。

本作の最大のリスクは、“事件が勃発するのは全て電話の先” だということ

上記のIMDb(Amazonの提供する映画情報サービス)のリストを見てほしい。

通常は1人か多くても2人の音声部門に、4人ものサウンドデザイナーがいる。

部門はフォーリー(アーティスト・編集者)、音効担当、ミックス担当

本作はこの4人の存在がかければ、バカ映画化していた可能性が高い。

IT化に関する演出で、海外ではフォーリー技術者の需要が急増中

本作は、司令塔のアスガー(主人公)の電話の先で、さまざまな大事件が起き続ける。

その電話口の音声で、暴力であったり、熾烈な環境だったりが、非常に短い時間で表現される。

しかもそれは、記憶にとどまらなければならず、忘れられてはならない。ストーリーを観客が簡単に見失ってしまうからだ。そこで多用されているのは、上記動画のフォーリーという音再現の技術だ。

これは実は本作に限ったことではなくて、2000年代中盤から起き始めていたことだ。

実はこのフォーリーを代表するアフレコ音声加工技術は、機材の小型化やマイクの無線化によって同時録音が普及したことで一度は全滅しかけた分野だった。

本作が示したのは、今後待ち受ける映画のフレーム外演出のトレンド

日本ではいまだに同時録音に比重を置いているままだ。コスト面の問題もあるし、音効は時間もかかるので、作品リリースまでの制作期間を詰めすぎな日本では、フォーリーは今でも重視されない。

だが、ハリウッドは実はこの流れに逆行している。俳優のセリフも効果音も、ほぼ全て再録するケースが主流なのだ。遠隔的な表現や特殊表現だけではなく、ほぼ全ての現場音を使わない。

そんな中で、本作はさらに音効的な音作りの限界レベルを押し上げた作品作りを前提とした野心作である。これは、普通にエンタメを楽しむ感じで見る限りはわからないだろう。

Q:どんな人が見るべき作品か?

A:内容的にはサスペンス好きが好む映画ではあるが、演出の楽しみ方としては、フランス映画に近い響きを持っている。単純にドキドキハラハラが好きな人にも向いているが、フランス映画が追求してきた『フレーム外の映画の楽しみ』を好む人にもおすすめだ。

変な話、映画はこの画面に写っているもの以外を楽しむという変な側面もある。

あまり例を出してカッコつけたくないのだが、日本では黒沢清濱口竜介の作品が好きな人が楽しめる。フランス映画ではブレッソンなどの技巧主義の作家が好きな人に向いている。

日本の東宝系の映画を見慣れている人は、ある意味新鮮な作品かもしれない。

Q:本作の技巧は素人でもわかるか?

A:わかるにはわかるだろうが、作ることの大変さアイディアを思いつく大変さは、わからないし楽しめないと思う。スポーツのスーパープレーみたいな「苦労の凄さ」も「技巧の凄さ」も素人でも一瞬で理解できるわかりやすさが、本作には皆無だ。

変な話だが、映画の最大の楽しみの中に、やることの難しさを共有することだ

映画評論家の宇多丸などが、それに近いことをいつも一所懸命に熱弁しているのだが、彼は映画を作ったことが無い。それゆえに、その作家的な楽しみへのコンプレックス的なものを常に持っていて、勝手にそれに自分で興奮しているのだと思う。それは曲がった趣味だ。

そういう、知ったかぶりというか、マゾ的な楽しみ方ができれば、本作も多少は楽しい。だが、やはり経験していないと難しいし、デキないものはデキない。

そういう意味で、本作は映画を作る経験をしたことがある人間にとって、かなり凄い楽しみを提供していくれる作品だとも言える。

それは俳優であったり、エキストラであったり、録音でなくてもその現場感がわかるだけでかなり興奮度が共有できる。

つまり、映画を作ったことがある人間にとって、めちゃくちゃ楽しい映画だと思う。

本映画はアマゾンプライムやU-NEXTにも収録されています。

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