著者について

本谷有希子
1979年生まれ。2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。2006年上演の戯曲『遭難、』で第10回鶴屋南北戯曲賞を史上最年少で受賞。2008年上演の戯曲『幸せ最高ありがとうマジで!』で第53回岸田國士戯曲賞受賞。2011年に小説『ぬるい毒』で第33回野間文芸新人賞、2013年に『嵐のピクニック』で第7回大江健三郎賞、2014年に『自分を好きになる方法』で第27回三島由紀夫賞、2016年に「異類婚姻譚」で第154回芥川龍之介賞を受賞。本作は芥川賞受賞後初の小説集(単行本:2018年、電子化:2020年)。
目次
- 異類婚姻譚
- 〈犬たち〉
- トモ子のバウムクーヘン
- 藁の夫
概要
「異類婚姻譚」は、2016年に芥川賞を受賞した作品だ。数えてみるとこれまで計4回候補に上がっている。内容は、顔が似てきた夫婦の話で、それに小便を所定の位置にできない猫を飼う同じマンションの住人だったり、優柔不断な弟の話などがそれに重なってくる。テーマは浅い。私が今まで読んだ本谷有希子像が一番ない小説で、ある意味、読む人によって解釈が変わる作品。
「〈犬たち〉」と「藁の夫」は、どちらかといえばSFに近く、特に本物の藁で出来上がった夫と暮らす「藁の夫」は、そのニヒルな高尚さゆえに、普通の感覚ならこっちの方が彼女らしいかもな、と感じる。私が映画にしやすいと思ったのは「〈犬たち〉」で、犬が多く住み着いた人気のない町で暮らす女性の切り絵アシスタントの話だ。人攫い(ひとさらい)が象徴的に結び付けられている。
「トモ子のバウムクーヘン」は一番印象が薄かった。子育てをする母親が、子供たちに対して持つ個人的な心情を綴った、少しだけ私小説的な印象を受ける作品だ。
Q:読んでみてどう思ったのか?
A:同じ美人作家として芥川賞を受賞した川上未映子の『乳と卵』と『わたくし率 イン 歯ー、または世界』のことを思い出した。本谷有希子の『異類婚姻譚』と前作?『ぬるい毒』は、川上未映子の『乳と卵』と『わたくし率 イン 歯ー、または世界』の作品の並びとよく似ている感じがする。

Q:それはどういうことか?
A:本谷さんも川上さんも芥川賞を落選して、その後にテイストを変えて受賞することになるのだが、審査員に合わせてくるような、従来の自分の描きたいものではないものを書いた感じが似ている。特に芥川賞に本谷さんは4回ノミネートされており、知名度が高かったこともあり、いろいろ面倒だったのではないかと感じた。
芥川賞というのは、新人賞でありながら、歴代で何度も有名作家を落選させて、遺恨を深くする傾向がある。私の勝手な思い込みだが、女性候補はそこの溝を徐々に埋めて、賞に寄り添ってこようとするが、男性候補者は遺恨をさらに深めてしまう印象がある。
歴代で、芥川賞の候補で多数回落選した男性作家で印象が強いのは、島田雅彦さん、村上春樹さん、佐藤泰志さんだ。彼らは、落選回数が増えるたびに、何かこう、ひねくれた作品を書いてしまうというか、賞に負けないような印象を必死に発信するようなところがあった(ある意味負けてるのだが)。
だが、本谷有希子と川上未映子は、本来自分の描きたいテイストでなくても、受賞できることに越したことはない、というスタンスで、自分を捨てる作品をあっさり提出できる感じがする。つまらなくてもいい、賞を取れば変わる、と冷静になれるというか。
Q:つまらなかったということか?
A:そうだと思う。
川上さんの『乳と卵』も『わたくし率 イン 歯ー、または世界』に比べて私情が少なくつまらないし、本谷さんの『異類婚姻譚』も『ぬるい毒』に比べて、抑揚やアップダウンが少なく、つまらないのは間違いない。ただ、私はよく言っているが、芥川賞は日本語の門番的な賞なので、日本語としての精度が求められる。精度というか、文学史上のチャレンジ精神だろうか。
女流作家で、女性特有のヒステリー感的な激しさで売る、という作家(本谷・川上)に対し、誰に対してもある一定の解釈の幅を与えるフラットな作品を書くようにと、芥川賞サイドが求めて、それに応じてあたかも書かせた印象を感じた。
それにプラスして、言い回しよりも、語彙力を見せて欲しい、という傾向も感じた。
Q:もう少しわかりやすく
A:簡単に言えば、芥川賞受賞作品は、翻訳しても海外で売れないネタを好む、反グローバルな要素が強いんだと思う。そういう誠意を見せる必要があるのはわかる。有識者だけが安心して楽しめる日本語が求められている。
Q:本谷さんにとって芥川賞は良かったのか?
A:悪かったと思う。
冷静に考えて、芥川賞に何度もエントリーして落選する方が、本の広告宣伝としてはありがたいのは間違いない。例えば、島田雅彦さんは初エントリーだった1982年の『僕は模造人間』で受賞していたら、売れてなかったと思う。プロの作家としてもやっていけてなかっただろう。落選すると残念だが、無料で全国の書店で、超熱烈に本の宣伝をしてもらえる。こんな美味しいことはない。
本谷さんは、3回落選しているが、3回とも注目された。3度も全国の書店で大々的にお金をかけずに宣伝されたことになる。この延長上に、実は村上春樹がいる。村上春樹は、芥川賞の数回にわたる落選が、広告宣伝にブースターショットとして機能した例だ。
◯権威的な賞は、受賞してスッキリすることで、損するケースも多い。
だが、女性作家は、権威性に弱く、というかある意味、強がらないので、その方向によりそい、自分から本当はいい方向に行ける道筋を、あっさり手ばなす傾向が強い。
芥川賞を取ってしまったら、出版社が真剣に売ってくれるのは、次の1〜2作品が限度だ。それ以降は、徐々に下降線をたどるという道が一般的で、収入も知名度も下がる。アカデミー賞やカンヌ国際映画祭のような何度もグランプリを狙えるコンペではないから。
Q:内容について意見はないか?
A:どこかで読んだような話だ。
戦後直後の、安倍工房みたいな作品に少しユーモアがあっただけの作品だと思った。明らかに60歳以上の作家たちに向けて書かれている。若い人は、読んでも、ここで競われている文学上の内容を読み取ることができないだろう。
Q:どんな人が読むべきか?
A:『異類婚姻譚』に関しては、そんな人はいない。誰が読むべきとかそういうのが全くない。そこがいいのだろう。
あえていうなら、自称若い人の作品を読みたい60歳以上の人だろうか。『藁の夫』もその部類かもしれない。ただ、私個人的には「〈犬たち〉」は、興味深く読んだ。
Q:「〈犬たち〉」はどこが良かったのか?
A:一瞬、映画向けに書かれた小説に思えた。映画にしやすい。
80年代のB級ホラーのような、はたまた最近の韓国映画のような物語で、田舎暮らしの重苦しさを表現しようとしているところがよかった。若い女性が、ド田舎で獣に囲まれて暮らすというのは、女流作家が手がけていないゾーンのようにも感じた。ただ、短編で、描写も控えめだから、よくわからないにところも多かった。
以上です。参考にしていただけたと思う。