作家分析:本谷有希子に興味がなかった、私が本谷有希子を語ってみる(2)インスタの仕組みがわかっていない作家が無理して書いたSNSシリーズ『静かに、ねぇ、静かに』

書評

著者紹介

本谷有希子
1979年生まれ。2000年に「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。2006年上演の戯曲『遭難、』で第10回鶴屋南北戯曲賞を史上最年少で受賞。2008年上演の戯曲『幸せ最高ありがとうマジで!』で第53回岸田國士戯曲賞受賞。2011年に小説『ぬるい毒』で第33回野間文芸新人賞、2013年に『嵐のピクニック』で第7回大江健三郎賞、2014年に『自分を好きになる方法』で第27回三島由紀夫賞、2016年に「異類婚姻譚」で第154回芥川龍之介賞を受賞。本作は芥川賞受賞後初の小説集(単行本:2018年、電子化:2020年)。

目次

本当の旅
奥さん、犬は大丈夫だよね?
でぶのハッピーバースデー

読むべき人

  • 時代についていけず、理解できないSNSを題材にした頓珍漢な小説を読みたい人
  • 本谷有希子の初期小説の“勘違い女”系の小説が好きだった人
  • 40代の美人女性の限界を知りたい人
  • 現実感のない、ドタバタ劇が好きな人

読んで見て

前回の本谷有希子のブログはアクセスが少なく、西川美和が非常にアクセスがあった。だが、西川美和の本で、他に読みたいものがなかった(職業作家ではないので、作品数も少ない)。

女性作家に本来あまり興味はないが、トレンド的にチェックをしておかなくていけないのと、直近まで書いていた脚本がそういう方面(女性の恋愛・ヒステリー・子育て)のものだったので、資料を読む必要性があり、購入した。本作は、その続きである。

関連記事:作家分析シリーズ:本谷有希子に興味がなかった、私が本谷有希子語ってみる『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『自分を好きになる方法』

本谷有希子はSNSが理解できない・若い世代がわからない

大前提として、私が残念だったのは著者が“若い世代がSNSが、見えや虚栄心でやっている”という、いかにもPTAママ的なオバサン理解しかできていなかったところである。

もうちょっと頑張ってくれるかと期待したが、やはり無理だったらしい。

なんというか、旧世代的『若いやつはけしからん』的な発想を、まだ40代になったばかりの美人作家が持っていたところに、年齢の限界というか寂しさを感じた。

若い世代がSNSをやる理由は、虚栄心もゼロではないが、実は自身で「かなりの金を稼げる、かも」という、マネタイズの可能性への挑戦の側面がある。著者はこの点を気がついていない。

つまり今の若い世代は、スターや文豪と自分を比べようとしているわけではない。なりたい自分にどうのこうという、変な希望はないのだ。

彼らがSNSをやる理由は、ヒカキンやヒカル、スカイピース、DAIGOなどの、炎上力と共感力をベースに成り上がった経済独立的な著名人への憧れがある。そこには、かつての著名人・有名人にはない、強力な自己資金力の探求があり、タダだし、せっかくだから自分たちもやっておきたいという、案外ちゃっかりした意識があるのだ。今の若者は、お金に対して、私たちの世代よりはるかに意識が高く、汚さや気持ち悪さを許容しており、かなり賢い。

(まあそもそもインスタのマネタイズの仕組みは難しいけど)

つまりは、著者が思っているような憧れや、はたまた陰でひっそり羨望しているような貧困な権威性とは完全に違った、もっと実学的なものだ。ここを彼女は、思いっきり外してしまった。

彼女の描く“若者”は、だいぶお花畑度が強く、こんな若者は実は存在していない。

わからない以上、その誤解力を魅せる、しか残されていない

だからと言って、私は本谷有希子という作家を下げずむつもりはない。

それはいずれ、私もそうなるという思いがあるからだ(もうすでにそうなのかもしれないが)。

傾向的に映画監督も、年を取るにつれ、現代劇が苦手となり、時代劇(学生運動とかバブル期とか)や遠く離れた未来のSFに逃げていくようになる。現代人を描けるのは、実はほんの数年だと思う。長くて15年くらい。

いつか著者のようになって、ちゃんとした取材が面倒になったり、はたまた取材しても間違った情報しか手に入れられなくなる時が来る。これはクリエーター全員に必ず来る。

しかしながら、勝負はそこからだと、私は最近つくづく思う。

本谷有希子の“誤解力の披露”の仕方は間違っていない

その点で、インスタグラマーを取り扱った本当の旅』は、若干の脆さがあった。それでも最後には、気合いでだらしない人間そのもの全体を扱ったようなストーリーに、最後の3ページくらいで路線変更したのでよかったと思う。結果オーライだ。

ただ、奥さん、犬は大丈夫だよね?』は誰でも書けるような、つまらない女流ニヒル小説家の域を出なかった。前回も言ったが、こういう小説は、時々狂ったように嫌味な女性になり切れる、村上龍のようなおっさんの方が上手い。得るものはなかった。

ただ、でぶのハッピーバースデー』は非常に良かった。本書を読んだ人たちの評判も、この作品が一番良さそうだった、SNS小説集と銘打っておきながら、SNSが絡むのは5行くらいしかないが、編集者がこの作品を一番最後に持ってきたのは、この出来のよさからだろう。

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