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著者紹介

ジェフリー・ムーア(1946〜)
キャズム理論の創始者として知られるマーケティングの世界的権威。そして、全米を代表するグロース・ベンチャー投資家でもある。その先見性は、理論化されて標準化されつつある。
ポーランド出身。スタンフォード大学でアメリカ文学の学士号を取得し(1967年)、ワシントン大学で英文学の博士号を取得(1974年)。ミシガン州オリベット大学に勤務した後、家族をカリフォルニアで、企業トレーナーとテクノロジー会社のエグゼクティブアシスタントとして活動を始める。
主な著作
『キャズム』(1991、1999、2014)
『トルネード キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング戦略』(1995)
『ライフサイクル イノベーション』(2000、2006(本書の定本))
『エスケープ・ベロシティ~キャズムを埋める成長戦略』(2011)
『ゾーンマネジメント 破壊的変化の中で生き残る策と手順』(2015)など
紹介文章(出版社の文章のアレンジ)
マイナーからメジャーへの(キャズム)壁を越え、市場が成熟した(トルネード)後でも、企業は「成功という惰性」に陥ってしまうリスクと戦い続けなくてはなりません。イノベーションを、いつ、どこで、どのように適用すれば生存競争に勝ち抜けるのか、
14タイプのイノベーションで長期的な差別化を達成した100社以上の事例でご紹介します。あなた自身と企業が成長し続け、ビジネスの様々なシーンにおいて力が発揮できるようになる一作です。
目次
- 第1部 基本的モデル
- イノベーションの効果
- イノベーションと市場カテゴリーの成熟度
- イノベーションとビジネス
- アーキテクチャ
- 第2部 イノベーションを管理する
- イノベーションのタイプ
- 成長市場におけるイノベーションの管理
- 成熟市場におけるイノベーションの管理 ほか
- 第3部 慣性力を管理する
- コンテキストから資源を抜き出す
- コアに向けた資源の再配分
- 企業内の慣性力管理のプロセス
概要(ブログ主の勝手なまとめ)

CISCO(シスコ)をメインに書かれた:覇者の衰退を経営学で斬る本
本書は、ジェフリー・ムーアが当時シリコンバレーの覇者だったCISCOの本を書かないか?といわれたことがきっかけでスタートした。
だが、ムーアは、CISCOを正直に分析した経営学の本を書きたいと思っており、当時現在のGAFAM(グーグル、アップル、アマゾン、マイクロソフト、フェイスブック)に匹敵していた人気企業だったため、もてはやす本ばかりであった風潮もあって抵抗感があった。
そこに、米国に長期低迷を引き起こすITバブルの崩壊が訪れた。上記の画像にある青枠がその時期だ。これによって、彼はいよいよということで本腰を入れてこの本を書いた。
そしてその後の赤枠の時期に大幅改定がされ、それが日本語版の定本となっている。
故に、CISCOの本でありがら、CISCOを批判する本でもある。そしてここに書かれていることは、現代の覇者GAFAMを見る上でも非常に役立つ本となっている。
社内人材の有効活用についての書籍:「コア」「コンテキスト」
本書では重要な言葉がいくつか出てくる。その中で最も重要なのは「コア」「コンテキスト」だ。いかにこの二つの用語の解説をする。
- コア:重要な事業・コンセプトを担い、競合優位性を生み出す人材・組織
- コンテキスト:コア以外の事業・コンセプトを担う人材・組織
シンプルにこの二つにかき分けることができるもの、とは言え、この「コア」と「コンテキスト」の関係は実際は複雑である。それに関しては本書を実際に読んでもらいたい。
ここでは、この前提でざっと内容を俯瞰していく。
タイガーウッズは、実は、コア(技術)10、コンテキスト(肉体)90
歴史上最高のゴルフテクニックを持つタイガーウッズの例で語れているが、ある技術を駆使した大企業が「コア」=10%、「コンテキスト」=90%であることもあり得るからだ。これは「コア」が中心だと思われている技術系企業(タイガーウッズ)には意外な配分だが、現実にこういうことが多くあるということだ。
そして、まさに技術の熟練度が高く、長期間の選手生活が期待されたタイガーウッズは、肉体のわずかに衰えがで始めるとすぐに第一線から消えた。これは肉体が実は90だったと言っていい。世間で思われているタイガーウッズの晩年とは違った。当然、この逆もあり得る。
ここに首脳陣と下層労働者といったこれまでの概念では難しかった、企業の組織論の選球眼の高め方が、わかりやすく表現されている。
そして、企業再編が必要となった時にこの「コア」「コンテキスト」の比重を変え、人的資産の移し替えのプランを立てるのだ。つまり、クビと採用と企業買収を計画するのだ。
成熟企業の舵取り:誰をクビにして、どんな社員を採用するか
ジェフリー・ムーアは、この『ライフサイクル・イノベーション』の前作『トルネード』で、企業の成熟期について、詳しく分析している。
『トルネード』とは、ある企業がキラーコンテンツを作ることで、市場の膨張と、進化の終焉を引き起こす段階の総称だ。大成功は不幸の始まりというやつである。つまり企業や産業の成熟期を、その市場席巻のパワフルさを表現する意味で、竜巻の意味の『トルネード』をあてがった。
この『トルネード』という成熟期を経験した企業のほとんどは、その後、イノベーションに失敗し、衰退していく。ドットコムバブルなどの大きな産業衰退を引き起こせば、存続ももならず、倒産したり、市場から消えることになる。
『ライフサイクル・イノベーション』は、つまり、その段階の企業への処方箋だと言える。
『ライフサイクル・イノベーション』=人事のこと
衰退期に入ったことをいち早く気づいて分析し、組織の再編を図る。重要なのは、人材を使い方だ。
本書は「コア」「コンテキスト」を用いながら、人事の役割を再定義して、最小限の力で再生の準備をするワークショップ的な作りとなっている。そのワークショップを経ることで、クビにするべき社員や組織、企業買収案などが出来上がっているのだ。
『ボリュームオペレーション』『コンプレックスシステム』という二つのビジネスモデル
- ボリュームオペレーション:同一の製品を広く安価に提供する
- コンプレックス・システム:顧客のニーズに合わせてカスタムするハイエンド・高利益率型
次に「コア」「コンテキスト」の人事概念を用いながら、企業としての役割をどのようなビジネスモデルに移行していくのか、を考える。ここでの重要な言葉は、この『ボリュームオペレーション』『コンプレックスシステム』となる。
本書に書かれているのは、『ボリュームオペレーション』→『コンプレックスシステム』に移行した企業の例であり、また『コンプレックスシステム』→『ボリュームオペレーション』に移行した例でもある。この本を読むと上記の二つのビジネスモデルは、移行するのが運命づけられているようにすら思える。いわゆる、経営の痛みを伴う、というのはこのことなのだろう。
これは冷静に考えたら、当たり前の概念だが、これらを言語化し、可視化(本書内ではこれらをわかりやすく解説した図表が登場する)したところが、ムーアの特殊性だと言える。
Q:どんな人が読むべきか?
A:本書に書かれていることは、アメリカのことであり、日本の企業にどれくらい通用するのかは私にはわからない。だが、正社員制度の特徴である“クビを切れない”という前提で考えるならば、とても有効に使えるような気がする。
現在のアメリカは、本書を基本に置きつつ、人材の高速切り捨ての時代
本書は『キャズム(新興企業の壁)』『トルネード(大企業かと腐敗)』というムーア氏の二大著書に比べたら、業界標準になり得ていない。
それはなぜかというと、アメリカの企業文化が、もっと過激に、人材を回転させる方向にシフトしたからだ。つまり、今のアメリカはかつてないほど、クビを切りやすい社会なのだ。それは、コロナ禍でも多くの企業が、人員整理を高速に行えたところに見えて取れる。
それに対し『ライフサイクル・イノベーション』は、前提としてあくまで社内人材を生かして、イノベーションをしていくための本だ。つまり、過剰に難しいことをしようとした本である。
GAFAMの平均勤続年数は、2年。現代アメリカのイノベーションの実態
要するに、イノベーションというトピックに関しては、ムーア氏の思うような未来にはならなかったということだ。逆にいうと、本書は『解雇しないイノベーションは困難・不可能』を証明してしまった書籍だとも言えなくない。
正社員制度の強固な日本は、本書が通用する数少ない国
その意味で考えると、日本の正社員制度はクビが切れず、社内に不要な人材が多く残ってしまい、さらにそのダメ人材ほど勤続年数が長く、高給である場合が多いとされる。
実際、トヨタを代表とする大企業が、そのことで悩んでいる。
そういう意味では、この書籍は福音になる可能性が高い。
そこから考えるに、本書を読むべき人は、日本の大企業の幹部、ということになるだろう。
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