善意で人を結果的に騙すものが、この世には溢れている。自己啓発書の闇を暴く『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘 玲

書評

著者紹介

橘 玲

早稲田大学文学部ロシア文学科を卒業。元・宝島社の編集者で雑誌『宝島30』2代目編集長。経済書籍での脅威のベストセラー出版率を誇る。

目次

  • 序章 「やってもできない」ひとのための成功哲学
  • 第1章 能力は向上するか?
  • 第2章 自分は変えられるか?
  • 第3章 他人を支配できるか?
  • 第4章 幸福になれるか?
  • 終章 恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!

概要

自己啓発書は、出版不況でもまだ売れ続けている

自己啓発書は、人の不安に漬け込んで、さまざまなノウハウを提供するという形態をとるため、出版不況と本を読まない世代(ネットから情報を取る世代を含む)の間でも、人気を維持することができている。だが、とにかく出版点数が多く、増え過ぎているのも確かである。

本書はそんな自己啓発出版業界の闇を暴く本とないっている。

騙しが多い自己啓発書の傾向

自己啓発書の福音は以下の4つに分類できる

  • 能力は開発できる
  • わたしは変われる
  • 他人を操れる
  • 幸福になれる

これらの福音をタイトルに過剰に盛り込んだ書籍は、疑った方がいい。

これが本書の基本方針であると最初に語られる。

勝間和代を代表とするマッキンゼー出身者らの闇を、名指しで暴く

著者・橘令が本書で敵に回すのは『人を動かす』のデール・カーネギー『思考は現実化する』のナポレオン・ヒルといった自己啓発の歴史的人物から、勝間和代などの現代人キャリアウーマンの拠り所となる現代のカリスマたちだ。

成功者の真似は無理。

そして、奇跡は、起きない。豊かにはなれないのだ。

自己啓発本ほど、エビデンスがない業界もない

本書は、このように巷で盛んに捲し立てることの、全く逆を語り続ける。そして自己啓発の書籍は全般的に、実にエビデンスも多くあるように見せる。だが、編集者として見る限り、その多くが疑わしい。また、海外のよくわからない闇の情報を、日本社会に次から次へと放り込んでくる。

「成長」を疑う

日本では、ドラゴン桜のように、劣等生でも勉強方法や気合の入れ方が変われば、成長は青天井だという考えがある。だが、これは危険だ。そして、自己啓発書の商法はここを狙ってくる。

人間は骨格や容姿、病歴が親に似るように、能力も固定され、できることは実は極度に限られているという考えの方が、実は海外のエスタブリッシュ層では主流だと筆者は語る。

全ては遺伝の範囲内の小さな変化に限定されるのだ。

自己啓発書の効果が出ても、その人はトリックスター的体質の可能性がある

ただ、自己啓発書の全てを筆者は否定できない。

それは、表立って特定の自己啓発書の効果を喧伝する人物がいるからだ。

だが、彼の多くを辿ってみてほしい。調べて見ると、効果が続いた人間は驚くほど少ないらしい。

つまり、多くの読者の中の限定された一握りが、トリックスターとしてこの世に突発的に走り出していく。その結末は不幸なことが少なくないのである。

そんなことがつらつらと書かれたエッセイ集である。

Q:どういう人が読むべき書籍か?

A:主婦と学生。仕事をする前の人間。仕事のブランクが長い人。

本書で書かれていることは、仕事で疲れ切った人間の多くが、頭の片隅で感じていることだ。だが、疲れている人ほど、それを忘れたい。あるいは、どうにかしてポジティブな方向に曲げたい、と思っている。そうなると、ある意味終わりなんだろうと感じる。

自己啓発書というのは、そういう人が買うのだろう。

だから、本書は『自己啓発書を警戒する書籍』ということになる。自己啓発書にハマる前に、どうにしかしてその中毒性を知識として知っておき、ハマらないように、無駄金・無駄時間を使わないようにするための、ちょっとした書籍である。

Q:読んだメリットは?

A:私の場合は、少しだけ騙されにくい人間になれたかも、という感覚と、また、映画監督もやっているのでそれ対しての地獄的な側面を、改めて考え直すきっかけになった。

やりたいことをやるという名の、地獄を、やはりきちんと意識するべきだと思う。

本書で、バイク便ライダーの例が出てくる。

バイク便ライダーは、『バイクが好きで、週末に趣味としてバイクに乗る』を拒否した集まりで、それを効率よくお金に変えた産業である。バイク好きにはたまらない。

だが、現実として保険もなく、退職するときの多くの理由は事故による怪我や半身不随、死亡で、事故による退職率が半端ない。極度の低価格化効率化(危険度悪化)が行われる産業で、当然通常は定年するような年齢まで続けている人間は、ほぼいない。

この例を読んだ時、私の中にある何かが、目が覚める思いをした。

Q:橘氏のいつもの書籍のように思えるが

A:そうかもしれない。

だが、本書は彼の通常のエッセイ集とは異なり、かなり精度が高く、わかりやすい。

彼のこういう本は、適当に書かれたエッセイがまとめられただけのものも少なくなく、そういうのははっきり言って金の無駄だが、本作は出来がすごく良い。で、読んでみると、案外、暗い話ばかりでもなく、普通にすぐ生活に役に立ちそうなものもある。

Q:どの辺が役に立つのか?

A:例えば、日本では結構なベストセラーになっているローバーと・チャルディーニ『影響力の武器』があるが、あれを読むだけではわからない、具体的な日本での例示や、あの本の日本人が使うべき実践例などがある。

関連記事:「言いなり」の仕組みを簡単解説『影響力の武器:なぜ、人は動かされるのか』ロバート・B・チャルディーニ 要約

この本は、ユーチューバーなどが盛んに宣伝して有名なった本だが、彼らもほとんど理解していないように思える。それは具体的なアクションを誰も語っていないことで明らかだ。

また、日本人であることの具体的なメリットとデメリットが、いつものことだが徹底的に書かれている。これも、いつも助かる。個人的に最も参考になったのは、日本人とアメリカとの労働比較の書かれたところだが、気になった人は、ぜひ本書を読んでみるといいと思う。そんな感じだ。

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