著者紹介

ポール・タフ(1967〜)
カナダ出身のジャーナリスト。トロント大学出身。現在はニューヨーク在住。『不平等の機械:大学が私たちを分割する方法』を筆頭に、3冊のベストセラーを発行。経済や金融、政治などのへの言及も多いが、子供たちの教育の成長についてがメインテーマの書籍が際立った評価をされている。ニューヨクタイムズやハーパーズマガジン、ウォール・ストリートジャーナルへの寄稿多数。
目次
◆第一章 失敗する子、しない子
暴力がはびこる高校 / 貧困に悩む医師 / ACEの研究 / 駆けつける消防車 / 「死ぬほど怖い」 / ストレスは脳にどう影響するか / 貧困と実行機能 / 手に負えない少年 / なぜ母ラットはなめるのか / 愛着 / ミネソタの研究 / よりよい愛着関係への支援 / マケイラを訪ねる / スティーヴ・ゲイツ / キーサ・ジョーンズ
◆第二章 何が気質を育てるのか
「いままでで最高のクラス」 / 楽観主義を身につける / エリートの卵が通うリバーデール / 性格の強み / 自制心と意志力 / 動機づけ(モチベーション) / 読替えスピード・テストで測れる能力とは / 勤勉性 / 自制心のマイナス面 / やり抜く力(グリット) / 気質をどう測定するか / 裕福であること / 規律 / よい習慣を身につける / 能力に影響するアイデンティティとは / 性格の通知表 / 山を登りきる
◆第三章 考える力
セバスチャンの大失敗 / IQとチェスの強さは関係するか / チェス熱 / 計算された冷淡さ / プロ級の少年たち / マーシャル・チェスクラブ / チャンピオンになることを「選ぶ」 / フロー状態 / 楽観と悲観 / 勝負を決める日曜日 / 勉強に苦しむチェスの「天才」
◆第四章 成功への道
大学が抱える難題 / 卒業に必要な能力とは / 三十人にひとり / 一本の電話 / ACEテック / テストのスコアをどう見るか / ケウォーナの野心 / ギャップを埋める /
◆第五章 わたしたちに何ができるのか
中退という選択 / 望ましい親の役割とは / 「貧困問題」の行方 / どこを改革するべきか / 成功に満ちた未来へ
個人的な感想
面白い本を読んで得したと思った。
子育てという無駄が多い行為の、時間軸をとても考えさせられた。

従来の教育学の過ち:ネイティビストと行動科学者の横暴
教育学は様々な過ちを犯してきたことが、近年明らかになってきている。
それはなぜか? 本書では1:ネイティビストの過ち、つまり生まれながらの遺伝的要素を課題に評価しすぎた過ちと、2:行動科学者の実証不備という2つの視点で考えている。
人間の教育がこうも予測しづらく、正しい知識が広まりにくいのは、もちろん理由がある。それは、そもそも子供というものが、外的影響を受けやすいが、外的影響をコントロールできない、という存在であることが大きい。
例えば、親が貧困であれば、子供はその貧困環境をどうすることもできない。
また、親が暴力を振るえば、腕力の格差のために、それをまともに受けざるおえない。これはとてもシンプルであるが、逆に言えば、それは親が教育実験を行える理想的な「檻」だということだ。
本書のキモ「気質」と「考える力」
第二章「何が気質を育てるのか」と第三章「考える力」が本書の最も大事である。なぜなら、「気質」と「思考力」は、後天的にコントロール可能な子供の能力の重大要素であるからだ。

子育てにおける「気質」=「自制心」
世間で「気質」をかなり曖昧なものとして扱っている。
確かに、それは勤勉性だったり、積極性、目的意識など様々な側面を持っているかもしれない。一見絞り込むことが難しいこの「気質」を、第二章では、様々なモデルケースや事件、子育ての歴史、子供になされた各種実験を紐解いていくと「自制心」というキーワードに行き着くと結論づけた。
言葉の上だけで「気質」と「自制心」は違うもののように見える。
だが、その子の教育に迷った時、そこで問題視される「気質」という言葉は、多くの場合「自制心」という言葉に置き換えることができるのだ。この発見は、凄い。
この「気質」=「自制心」の理解で、子育てのストレスは激減する。
チェス業界で証明「誰でも教育で“天才”にできる」=考える力の強さ
また第3〜4章で長期に渡って語られるチェス部の話がある。
チェスは本来、高所得層のものであり、貧しい層には長らく、習得できないスキルだとされてきた。それを覆したアメリカの最貧困層の強豪校のモデルケースが本書で登場する。
本書を読むと、確かにバカでも教育すればチェスのチャンピオンに仕上げることができるのがわかる。だが、そのためには初等教育の大半を犠牲にしなければならず、本書ではそのために犠牲にしたその空白時間に苦しむ子供のケースが取り上げられる。
それでも一度、チェスの天才になった大人は、その天才になった感覚をベースに、その「鍛錬の厳しさ」「勝負勘」を何度も使える場合が多い。何度でもドロップアウトしては、1位に返り咲くと言った離れ業ができるのである。もしかしたら、それはチェスだけに限ったものではないかもしれない。
本書ではまだ未開発の例として挙げられているが、初等教育の「考える力」の形勢力の重要さを示している。
初等教育で何を評価すべきか:親の責任の明確化
本書の良いところは、親と教師が子供に何をすべきなのかを、具体的でかつわかりやすい例示とともに書いたことである。一見、動物実験のような、おやつのマシュマロを何分我慢できるか?とか、学校の勉強に対して、チョコレートを与えるチームと与えなかったチームの結果を出すなど、なかなか人道主義とはかけ離れた実験も行っている。
ここでわかるのは、所詮、初等教育における親というものは動物実験とさして変わらない、という点である。と同時に、その動物実験に強烈な「責任」が生じるのが、人間社会である。
将来を気にせず、結果を重視し実験的に子育てする、しかない
そんなこんなで、本書をまとめるが、これがなんというか本書タイトルを表していて面白いのだが、結局、教育者・親にできる初等教育とは、この「気質」と「考える力」を埋め込むための「動物実験」だということだ。
子供は逃げられないのだ。だが、それに徐々に対話が成立して、意識も生まれ、制御しにくくなる。だから初等教育が重要なのだ。そして現代は、初等教育の情報はかなり簡単に集めることができる。
その子のことを、感情的に深く考えるのもいいが、何よりも、経験値がゼロに近い子供たちに必要なのは、何かが「できたこと」(気質+考える力)であるというのが、本書を読むとよくわかる。
非行の道に行こうとも凡人の道に行こうとも、幼少期に「何かができた」イメージは、何事にも変えがたく、やがては人生を逆転する要素にもなり得るかもしれない。現段階ではそれくらいしかわかっていないのが、本書を読むと理解できる。
それをタイトル化したのが『成功する子 失敗する子』であると言える。