小説『人生逆戻りツアー――あなたの人生が変わる愛と笑いのストーリー』と韓国映画『ペパーミントキャンディー』の逆再生物語構造の魅力

映画制作

作品情報『人生逆戻りツアー』

自費出版から10年にわたるロングセラーとなり、ベストセラー小説に

  • タイトル『人生逆戻りツアー――あなたの人生が変わる愛と笑いのストーリー』
  • 作者:泉ウタマロ(女性・年齢非公表)1997年ごろから作家活動を始める(私と同年代だろう)

『人生逆戻りツアー』は、かつて存在していた自費出版社である新風社(1990年代に創業し、2008年に倒産)から出版された。新風社は、当時高額(200〜400万)で少部数の自費出版(200〜500部)を請け負っており、非常に評判が悪い悪徳企業として名高かった。だが、時としてこのような日の目を見ない作家をデビューさせることもあった。

おそらく、新風社が活発に活動していたのは2002〜2006年ごろまでなので、その頃に出版され、多くの出版関係者に献本された。その中で、一人の編集者の目に留まり、その後、プレジデント社から2010年ごろに復刊という形で、タイトルを変えて再出版される。

非常に珍しい流通ルートを経てベストセラーとなった。ここにこの本の持つ力のようなものがわかる。

詐欺的出版社と言われた新風社から、同作が生まれたのは長らく出版業界にいた私にとって驚きだった(wikipedia参照)。

あらすじ&プチ解説

冒頭でクロードという主人公男性が死ぬ。その不幸な人生を、天使とともに振り返っていくという「逆回し」の手法を取る。そして一見不幸だった彼の人生の、読者は大きく励まされるという内容だ。

この小説は、異世界を表現するために、日本人の作家がフランスのパリを舞台に書くという手法をとっている。全体を読んでみて、何度も書き直しの後が見られる。

あと一歩を踏み出せない人の背中を押す、さまざまな思想的な技巧が組み込まれている

この『人生逆戻りツアー』は、どちらかというと、面白い小説、というよりは、元気なる、励みになるという紹介のされ方をすることが多い。その辺は、アマゾンのレビューを見るとわかる。

小説というよりは、自己啓発書

私の読んだ感想として、この書籍はジャンルでは「自己啓発書」だと思った。

いわゆる、人生で攻めるべきタイミングはいつか? 何歳までに何をして、何をしなければ後悔するかという、具体的な指南が書かれた、明らかに日本人向けの自己啓発書である。

書かれている要点は以下の通りだ。

  • 才能を否定される場面で、自分を守らなくてはならない
  • 人間の思想が固まるのは30歳台以降
  • 夢の実現を目指してアクションするのは、40代以降が望ましい
  • 人に「実現できないだろう」と言われることを「実現する」能力の根底にあるもの
  • ピンチとは、チャンスに喘いでいる状態である

日本の文壇では、否定される要素が多い異色作

本書の売り出しコピーは、

「本屋大賞じゃなくても、面白い小説、あります」

このキャッチコピーには、いわくつきの新風社というほとんどポンチスキーム(ネズミ講)扱いされた出版社から本を出すしかなかった著者のうっくつした思いや、正当な評価を受けなかったことへの恨みを感じられる。

だが、本書を読むと、そもそもがベストセラーを、要するに部数を目指して作られた商業本だというのがはっきりとわかる。要するに、自己啓発本の基本要素を全て抑えにかかっているのだ。

もっというと、著者はこの物語を思いついた時、絶対に文壇で評価される、有名になる、というカンガよりも、売れる、多くの人に長く読まれ続ける、という思想を持ったのは間違いないのだ。

デール・カーネギーとナポレオン・ヒルの要素を集約

本書を読んだ時に思い出したのは、次の二つの書籍である。一つ目はデール・カーネギー『道は開ける』。もう一つは、ナポレオン・ヒル『悪魔を出し抜け』である。

特に、本書は『悪魔を出し抜け』の要素が強い。

なぜかというと、成功者の90割は、40歳代以降と遅咲きが多く、若い時に才能を否定されたものの、それから身を守る術を得た人間である、という結論部が全く一緒だからである。

『悪魔を出し抜け』は、著者のナポレオン・ヒルがアメリカの成功者500人を対象に20年間にわたって研究を続けた『思考は現実化する』の小説版と言っていい。

関連記事:謎と疑惑の多い生涯だが、驚異的な完成度の自己啓発書を出版。資本主義社会を初めて言語化『思考は現実化する』ナポレオン・ヒル

関連記事:親族により70年封印。学校・宗教が悪魔の側に立つ事実を証明しながら、性欲の誤った解釈を正し、人生の原動力に変える『悪魔を出し抜け!』ナポレオン・ヒル

自己啓発本の新しい形態としての外国小説風作品

ということで、これまでの本書と同じテーマを扱った本は、えてして男性が男性のために書いたという側面があり、そのダンディズムによって女性の読者と、オトコオトコしたものが嫌いな男性の読者も失っていたところがある。

要するに、ナポレオン・ヒルも1930年代の世界大恐慌の影響を受けすぎてるし、口調が穏やかなデール・カーネギーもアメリカで起きた無差別殺人の話から自作の導入を始めるなど、やはりこれまでの自己啓発本には過酷な面を共有して、そこから話をスタートする前提があった。

本書も最初に主人公の死というところから始まるが、どちらかというとそのキラキラした内容に癒しを求めるような作りになっており、最初の10ページぐらいを読むだけでそれがわかるし、帯や宣伝文句でもその辺がすぐに理解できる。

そういう意味で、心の弱った人、自分を強いと思えない人には適している書籍だと思う。

本題:逆再生の物語について

ここからは物語の構成について専門的な話をする

この『人生逆戻りツアー』と全く同じ者語り形式を取るのが韓国映画の『ペパーミント・キャンディー』(イ・チャンドン監督)。本当はこちらの方をお勧めしたい。本作の方がレベルが高いからだ。

本書を読んで私が真っ先に思いついたのはこの『ペパーミントキャンディ』という映画だった。
『ペパーミント・キャンディー』の詳細情報

概要

韓国現代史を背景に1人の男性の20年間を描き、韓国のアカデミー賞である大鐘賞映画祭で作品賞など主要5部門に輝いた人間ドラマ。「オアシス」「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督が1999年に手がけた長編第2作。

99年、春。仕事も家族も失い絶望の淵にいるキム・ヨンホは、旧友たちとのピクニックに場違いなスーツ姿で現れる。そこは、20年前に初恋の女性スニムと訪れた場所だった。線路の上に立ったヨンホが向かってくる電車に向かって「帰りたい!」と叫ぶと、彼の人生が巻き戻されていく。

自ら崩壊させた妻ホンジャとの生活、惹かれ合いながらも結ばれなかったスニムへの愛、兵士として遭遇した光州事件。そしてヨンホの記憶の旅は、人生が最も美しく純粋だった20年前にたどり着く。2019年3月、イ・チャンドン監督の「バーニング 劇場版」公開にあわせて、4Kレストア・デジタルリマスター版が日本初公開。

出品歴

カンヌ国際映画祭:監督週間(コンペの次に権威がある。監督の全世界への初お披露目としても)
カルロビバリ国際映画祭:最優秀作品賞・監督賞・脚本賞など(世界7位の映画祭)
釜山国際映画祭:オープニング作品(メインコンペの受賞よりも大きな扱い)

逆再生の物語の特徴:キャラクター描写の最先端

イ・チャンドン監督の近影。韓国映画監督にしては作品は少ない。が、話題作の割合は多い。

端的に『ペパーミント・キャンディー』の魅力・特徴をいうとすると、それは、キャラクター造形の新しい考え方を提示したことだと言える。

そもそも一般的に行われているキャラクター造形は、長期スパンである。これは主に、その作品のストーリーが、それほど長期間にわたらないことから来る。

例えば20歳代のキャラを描き、一般的なストーリーなどで動かすと、大体の映画メインゾーンは数ヶ月、数年で進めることになり、キャラクターが安定はするが、変化は越せない。

だが、多くの人はわかっている通り、人間のキャラクターは常に変わる。体調、病気、銀行残高、家族構成、離婚結婚状態などで、怒ったり泣いたりするものが変わるだけではなく、性格も変わるのがむしろ一般的なのだ。だが、これは物語作品でやると、支離滅裂になり、視聴者を混乱させる。

逆再生の物語の特徴は、キャラクターを自由にできる

つまり、一般的なストーリーだと、10年前、20年後、体調が悪い時、生まれた時など、性格やキャラクターが大きく変わる瞬間を表現できない。

その点で、この逆再生の物語だと、例えば、

  • 70歳代の頑固親父
  • 50歳代の倒産して落ち込む社長
  • 30代の出産したばかりなのに不倫する夫
  • 10代の受験浪人

といった、これらの別々の設定を、カメラと語りを固定するだけで、一人のキャラクターにできてしまう。映像だと主人公などのルックスの年齢差の問題があるが、小説だと尚更、便利に作用する。

このような特徴を映画という分野でフルに使ったのが『ペパーミント・キャンディー』だと言える。

ペパーミント・キャンディーは年代で「性格が激変する」主人公を描く

↑先に述べた『ペパーミント・キャンディー』のあらすじ部分に注目してほしい。

99年、春。仕事も家族も失い絶望の淵にいるキム・ヨンホは、旧友たちとのピクニックに場違いなスーツ姿で現れる。そこは、20年前に初恋の女性スニムと訪れた場所だった。線路の上に立ったヨンホが向かってくる電車に向かって「帰りたい!」と叫ぶと、彼の人生が巻き戻されていく。

自ら崩壊させた妻ホンジャとの生活、惹かれ合いながらも結ばれなかったスニムへの愛、兵士として遭遇した光州事件。そしてヨンホの記憶の旅は、人生が最も美しく純粋だった20年前にたどり着く

太字のところを繋げると、

仕事も家族も失い絶望の淵にいるキム・ヨンホは、
人生が最も美しく純粋だった20年前にたどり着く

となる。これが、この映画の魅力を端的に表している。と同時に、『人生逆戻りツアー』にも通底するポイントなる。だが、『ペパーミント・キャンディー』は断然レベルが高い。

ただ『ペパーミント・キャンディー』には、『人生逆戻りツアー』の自己啓発的な側面はなく、見ていて感情的にいっとき満たされて、楽しかった、くらいにしかならない。そういう意味で、このに作品は、支持する人を結構峻別する要素を持つ。

まとめ

私の一方的な「あ、この二つにてる」と思ったところから、かなり強引で支離滅裂な記事を今回も書いてしまいました。ただ、『人生逆戻りツアー』は、この作品の形式をベタ褒めする人が多いので違和感を持ち、もっと高次元のものがある、ということをチラッと思ったので語ってみたかった感じです。

『ペパーミント・キャンディー』はアマプラやU-NEXTであるので見れます。

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