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著者紹介

橘 玲
早稲田大学文学部ロシア文学科を卒業。元・宝島社の編集者で雑誌『宝島30』2代目編集長。経済書籍での脅威のベストセラー出版率を誇る。
概要(出版社の文章)
桂木憲一は自分の戸籍謄本に仰天した。
婚姻欄に妻・里美と並んで「ロペス・マリア」なるフィリピン人女性の名前が。いつの間に重婚に?そもそも日本では重婚は禁止では? そこには、日本が経済発展の中で置き忘れた「新日系フィリピン人」問題が絡んでいた。国際司法の穴を突く、事実に基づく驚愕の物語。
ブログ主の勝手なまとめ
本作を手に取った理由:私の父も海外で子供を作っていた
本書を手に取った一番の理由は、私の父もこの登場人物と同じような海外生活をしていたからだ。つまり、父は海外に私の他に子供がいた。というか、私の周りには同様な両親を持つ家庭は他にも存在しており、珍しくはあるが、稀ではないというレベルだった。
葬式や遺産相続で、隠し子がバレるケースが続出している日本社会
これらのことはなぜバレるのかというと、一番は葬式で、親の旧友が残された家族に話してしまう、というケースだ。その次に、遺産相続で資料を読み込んだ弁護士が、そのことに気づくのも多いという。実際にはどのくらいの割かは明らかではないが、それでもそんなに珍しい話ではないと思う。
私の場合は、遺産相続で父親の銀行口座の資金が異常に動いた時期があったことでわかった。それは隠し子がいる現地に、慰謝料を払った痕跡だったのだ。
このように高経済成長からバブル期に労働年齢を経験し、海外勤務があった日本人は企業人であれ、医師であれ、学者であれ、この海外に隠し子がいるというのは多い。
そしてこのようなことは、結構、隠し通せる。なぜなら、戸籍に記載されないからだ。
本作のターゲット層は、団塊ジュニア層
主人公の桂木憲一の戸籍は、女性のマリアという名前が増え、次に、ケンという名前も増える。一度だけではなく、二度も増えた戸籍に、最初は当人も驚き、慌てふためくが、徐々にその全ての原因が自分であることを思い出していく。
それによって主人公は、離婚もすることになり、出世争いも脱落。さらには、妻に資産を取られ、子供にも現金をむしり取られて、貧困に陥っていく。そんな後ろめたくて辛いことだが、だが、そこにある“若気の至り”として自覚は、彼を若返らせていく面も強い。
女を捨てた、というのは、男に取っては一種の自慢話である。そして、バブル期の日本人は、この桂木憲一のように結構平気で海外で重婚をしてきた事実がある。
この事実は、とうの団塊世代は忘れたか忘れたふりをしているが、ストーリーとしてスリルを感じながら楽しむのは、私の世代であるいわゆる団塊ジュニアだと思う。
本書でも描写される重婚に対する“日本政府の甘さ”とは
本書は、橘玲氏の小説シリーズの中では出来はかなり悪い。
ストーリーは緩慢で尻切れとんぼだし、例えば『マネーロンダリング』のような、実生活に役立ちそうな金融ノウハウもほとんど描かれていない。
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だが、面白いのは、本書を通して、日本が戸籍管理に対して異常に甘い国であることを理解できる点だと思う。戸籍が遠隔操作されることの現実味がどうだかよりも、それを取り巻く弁護士や主人公桂木の部下などの、重婚問題をもみ消そうとする人々の会話が、とても面白い。
特に、本書で“重婚は罪だが、罰則がない”というのが明らかになっており、それでも出版上の規制がかからなかったのは、かなり重要な出来事だと言っていい。
Q:どんな人が読むべきか?
A:本書で語られるのは、重婚が戸籍上で明らかになった場合の、最悪の中の最悪のモデルケースをイメージしたという事実ベースの物語である。そういう物語というのは、えてして、当事者の不安や悩みを軽減させる役目を持っている。
もし、海外で隠し子を作ってしまい、それを不安に感じて夜も眠れない、という人は、本書を読んでみるといいかもしれない。
主人公のおちいる地獄は悲惨だが、同時にそこには罰則も罰金も刑罰も存在せず、重婚で被害を被った人間たちが、ただただ受け入れるだけの存在であることを示している。
強いのは、やはり重婚をした側なのだ。
隠し子たくさんの団塊の世代たちが、どんなマインドだったのかもわかる
また、本書は団塊の世代に近い著者が、団塊の世代の「しょうがなかったんだよ」とか「これしかできなかったんだ」的な、SDGS社会では決して許されないざれごとを代弁している小説でもある。
そのため、団塊の世代の“嘘を耐え忍ぶ”マインドが、ふんだんに描かれている。
私自身も、本書を読んで自分の父親に同情した。そういう読み方も出来ると思う。
Q:ストーリーは面白くないのに勧める理由とは?
A:橘玲氏の小説は、実は出すことに意味があるネタが多い。
それはどういうことかというと、クオリティ面とか面白さだとか美文的なものは求められていないのだ。出して、問題にならなかった、ということがむしろ大事なのである。
前前作の『マネーロンダリング』では、モロに租税回避の手法を、小説の内部で大公開しており、どんな人脈でどんなエリアで、実際に日本人が租税回避の手筈をおこなっているのかが、事細かに描かれており、おそらくは『マネーロンダリング』を読んで、実際に行動した人がいるはずだ。
それは、経済書籍で出せない内容を、小説なら出せて、問題になりにくいということなのだ。
本書も、当然その系統の仕掛けがしてある。
つまりそれは、日本人は重婚ができるという事実だ。
現実に可能な重婚のやり方を“逆算的に”書いたのが『ダブルマリッジ』
本書には、フィリピンの婚姻制度について、かなり詳しく論じられており、90年代(主人公が重婚をした時期)から現代に向けての編年体での、歴史的な結婚制度の変容経緯も描かれている。
ここから明らかなのは、重婚をする上で、日本の結婚制度と相性の良い結婚制度の国が存在しており、それがフィリピンだったということである。
外交的立場と重婚(フィリピン→日本× 日本→フィリピン◯ 日本→アメリカ×)
日本とフィリピンの外交の立場も関連してくる。
本書説がと扱っている問題は、フィリピン→日本、という形では国力的には力が及びにくく、しかし日本→フィリピンというベクトルだと、国力が及ぶ、という例示だとも言える。
簡単にいうと、日本とアメリカの間での重婚は成立しにくい。それはアメリカが日本よりも国力が強いからに他ならない。また、白人が主流の国でも同等のことが言える。
本書は、こういう実に恐ろしい国籍の諸問題を、世に晒した作品だと言える。