日本も経済衰退が進めば、救急車が個人事業主になる?救急搬送が民間8割のメキシコの激ヤバ・エンタメな日常。サンダンス映画祭受賞作『ミッドナイト・ファミリー』

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ミッドナイト・ファミリー - MadeGood
ミッドナイト・ファミリー 本編を見る予告編を見る メキシコ・シティでは、人口900万人に対し、行政が運営する救急車は45台にも満たない。そのため、専門訓練もほとんどなく、認可も得ていない営利目的の救急隊という闇ビジネスが生まれている。オチョア家族もその一つだ。 同業者と競い合って、緊急患者を搬送する毎日。この熾烈なビジ...

アマゾンプライム・U-NEXT等でも試聴可能

作品内容

メキシコ・シティには、公共の救急車が人口 900 万人に対して45台未満。そのため、専門訓練もほとんどなく認可も得ていない営利目的の救急隊という闇ビジネスが生まれている。

本作、ドキュメンタリー映画『ミッドナイト・ファミリー』は、そんな救急車ビジネスを家族で行う、オチョア一家の狂った日常の物語だ。

オクラホマから中古の救急車を買い、90年代末から無許可の救急救命ビジネスを始めた。警察関係のネットワークを使い、賄賂(ワイロ)を支払っていち早く事故の情報を得る。

搬送も熾烈で、悶絶する患者の家族から金を掠め取ったり、搬送中に不手際で患者が急死するなど、とんでもないことの連続だ。

この作品では、実際の映像でもしっかりと、オチョア家族の稼業が地元警察の取り締まりに脅かされる様子を捉えている。しかも一度や二度ではない

高まる圧力と違法で腐敗したこのビジネスの渦中で、思いやりをもって仕事をする事は非常に困難であり複雑な事情を抱えていることが明らかになってくる。

警察はさらに高額な賄賂を要求するようになり、オチョア家族もまた他の事業者のようにさらに強引で私利的な仕事のやり方に走らざるを得なくなってゆく。

映画のワンシーン:彼氏に頭突きで額を割られた女子大生が、車内で高額な医療費・救命費と精神的打撃で挟み撃ちに

壮絶な患者の奪い合い。繰り返される救急車のカーチェイス

先に断っておくと、このレビューは、映画の配給会社より依頼があったのものだ。

私は通常、このような依頼仕事はずっと断ってきた。

だが、予告編を見てどうしても気になるところがあり、引き受けることにした。

本作では、全編を通して、路上の患者を求めて、救急車同士の熾烈なカーチェイスが描かれる。

狂っている。と誰もが思うだろうが、思い返してほしい。日本もつい最近までは同様のことが起きていたのだ。そして、このような状況はむしろ、今後日本の方が起きやすくなる。

車の運転はなんと16歳の長男が行い、小学生低学年の次男は真夜中にもかかわらず毎日兄のサポートをする。助手席は、父親。

コロナ禍で救急車の奪い合いが続いていた日本

高齢化が進めば、どの国でもこの映画を無視できない未来が存在する

誰もが“メキシコの映画だから”と馬鹿にして本作を見るかもしれない。だが、人口比で言うとメキシコはまだまだ労働人口が増え続ける国であり、実際はアメリカの発展に支えられながら、中南米では飛躍的に国力を伸ばしている国だ。

アメリカ大陸のGDP成長率(米国以外)。メキシコは近年、成長国ブラジルや安定国家カナダにGDP成長率が急接近している

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メキシコは、新興国の多くの国のように、このまま成長を続けると税収の安定化が進んで、救急搬送の体制は整う可能性は少なくない。

だが、日本はどうだろう。

実は、コロナ禍になる前から年末年始や夏季などので既に救急搬送の受け入れ拒否やたらい回し救急車が1時間たっても現地に到着しない等事件が多発していた。

これらは、医療を求める人が急増して、社会体制が追いつかない状況になっていることを示す。そして、それがコロナによってより一層表面化した。だが、だからと言って、そこに新規に資金を注入することは結局なかった。これが衰退国家の日本の現状だ。

そこから考えると、このメキシコ映画のような恐ろしい環境、あるいはそれ以下の状態に日本が今後陥っていく可能性は、低くはないと言えるのではないだろうか。

本映画で垣間見れるもの:救急プロフェッショナルとは何か?

一家は医学を学んだこともなく、ただ手探りでこの仕事を続ける。今ではリーダーは、父ではなく、この16歳の長男だ。

救命士の仕事は、素人でも慣れたらできる笑 を証明してしまった「映像美」

オチョア家の長男16歳が、ものすごいドライビングテクニックで、しかも拡声器で周囲の車両を暴言を吐きながらどかして病院に担ぎ込む姿は、ドラマチック+恐怖で見るものを震え上がらせる。

しかしそれはある意味、救急搬送は素人でもできることを、この16歳の少年は証明してしまったことを同時に示している。ノンフィクションの映像の凄さは、この“証明ぶり”に尽きる。

複数の小型カメラが、一家の無駄・いい加減さ・気合を捉える「恐ろしさ」

また、本作では救急車内に最低3台以上の小型カメラが仕掛けられ、オチョア一家が意図しない瞬間も多く収められており、見応えがある。むしろ、カメラマンが撮影したショットよりも、この隠し撮りとも言える小型カメラの映像の方がえぐい。

近年の海外ドキュメンタリーは、このような形で、演出よりも偶発性が尊重されるようになってきている。日本ではむしろこういう演出はお馴染みだが、このような意図しない映像が、メキシコの抱える“闇”の部分をより一層掻き立てる。その点で、むしろ日本人向けの下世話さがある。

サンダンス映画祭は新人発掘では、三代映画祭を遥かにしのぐ

最後に、本作の海外での評価についてざっと書いておきたいが、本作はサンダンス国際映画祭のドキュメンタリー部門で審査員特別賞を受賞している。

正直、近年の傾向ではカンヌ・ベルリン・ヴェネチア国際映画祭という、いわゆる三代映画祭よりも新人評価の点では、サンダンス国際映画祭の方が圧倒的に結果を出している。

サンダンス国際映画祭は、1978年に俳優のロバート・レッドフォードや日本のNHK(現在NHKエンタープライズが継承)などが資金をつくって始まった映画祭で、ユタ州の山中で開かれている。1990年代までは、インディーズの見本市として扱われることが多かったが、現在では国際的な影響力が強まり、同映画祭の受賞作は、トロント国際映画祭と並んでアカデミー賞の前哨戦とされるケースが多い(本作もアカデミー賞にノミネートされている)

近年では『ラ・ラ・ランド』のデミアン・チャゼルがデビュー作の『セッション』で同映画祭で受賞したことなどが知られている。要するに、サンダンス映画祭は「ハズレが少ない」ことで有名な映画祭として、世界的に知られているのだ。

このような背景がある、本作。

社会問題的にもエンターテインメント的にも、久々に面白いドキュメンタリー映画だった。

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