常識の逆。日本人は「自分は集団に馴染めない」と思っている。が、ゆえに集団に“変に馴染む”。橘玲の代表作『(日本人)』を読む

書評

著者紹介

橘 玲

早稲田大学文学部ロシア文学科を卒業。元・宝島社の編集者で雑誌『宝島30』2代目編集長。経済書籍での脅威のベストセラー出版率を誇る

目次

  • ほほえみの国
  • 1 LOCAL(武士道とエヴァンゲリオン;「日本人」というオリエンタリズム;「愛の不毛」を進化論で説明する;「水」から見た日本論)
  • 2 GLOBAL(グローバリズムはユートピア思想である;紀元前のグローバリズム;「正義」をめぐる哲学;アメリカニズムとはなにか?;原発事故と皇太子狙撃事件;フクシマの空虚な中心;ぼくたちの失敗・政治編;ぼくたちの失敗・経済編)
  • 3 UTOPIA(「大いなる停滞」の時代;ハシズムとネオリベ;電脳空間の評判経済;自由のユートピアへ)

概要

日本人の自己分析は、全く外れている:間違った植え込みがされた戦後の日本人

冒頭、橘玲氏がいかに日本人が考える「日本人」のイメージが間違っているかを解説する。

そしてその、日本人が信じてやまない「日本人のイメージ」は、すべて西欧社会が作ったものであるというところまでジワジワと証明していく。私たちはだまされたのである。

それはどういうことかというと、「日本人的なもの」とは、よくいわれる“世間”(ムラ社会)ではなく、“世俗”(神を信じずに功利的に生きる)の方にあったのだ。私たちは、日本でうまく生きようとするが故に、全然違う自分像を抱いているのだ。

実は西欧人以上に日本人は、合理的な考え方を好む民族である。そして、無神論に近い。

集団に合わせて巧妙な動き(他人より目立つ行動などをする)をするのは、西欧人の方である。

日本人を占領した側に立つ分析

本書では、アメリカ人やイギリス人などの残した資料から、白人がどのように日本人を分析したかが冒頭で語られる。また、並行して日本人に近いと言われるタイ人などの行動様式も分析。

しかし、そこには大きな嘘、偽りが存在していた。なぜそのような実分析と違う情報を、分析結果として公表し、共有しなければいけなかったのか?

そこから、徐々に本題に迫っていく。

日本人の“曖昧さ”は超効率主義で、個人主義。そこに不安を感じていたアメリカ

戦後の日本人は、GHQによってその“曖昧さ”(大江健三郎のノーベル賞スピーチで有名)を本当は超合理的で個人主義でもあるにもかかわらず、日本人の最大の特徴として植え付けた。

大江健三郎は、日本人の曖昧さを強調するスピーチを世界に向けて行ったが、白人の支配者層や上流階級は、これが大きな嘘で、日本人が超合理的で個人主義であるがゆえに、独自の集団主義を持っていることを戦後に見抜いていた。

本書では、そのGHQの巧みな戦術が実に、恐ろしいタッチで描かれている。

これを例えるなら、生まれながらの太った人に「君はもともと痩せている体質なので、上手に痩せよう」と言い聞かせるのに近い。やる必要のないことを非効率に強制し、抱く必要のない劣等感を抱かせ、チグハグな体質にしむけているということだ。

それでも、戦後の日本はそのGHQに洗脳されていない、戦前・戦中世代の奮闘によってバブル景気を引き起こし、世界第二位の経済大国にまでなった。だが、この洗脳のせいで、後が続かなかった。

この橘氏の主張は、かなり納得できる感じがする。

現に私が読んだ他の本でも、同様のことを言っている著名人がいる。生前はアジアで最もノーベル経済学賞に近いと言われた森嶋通夫である。森嶋は戦前世代であり、アメリカに主導によって作り替えられた戦後の教育の闇を、本書で暴き、そこからの予測を的中させている。

関連記事:最もノーベル経済学賞に近かった著者が“日本の2050年”を予測し、途中経過を全て的中。私たちは本書をどう読むべきか『なぜ日本は没落するか』森嶋通夫

実は、自らの本質を掴んでいない国は少なくない

第二次世界大戦で、世界の大半が戦勝国、敗戦国に分類された。

その中で、戦後の構造ができていく。その中で、日本人はGHQによって、本質と違うが“教育どころ”を曲解させられた、実に変則的な占領と戦後教育を実施された。

だが、逆に自分達の国民性をよく知るブラジルやアルゼンチン、ロシア、中国などの多くの非敗戦国は、経済的な発展を遂げるのに時間がかかった、あるいは失敗した。ここが実に不思議なところだ。

戦前世代がバブル景気を煽動したと言っても、環境は戦後世代によって整備され構築されていったなかでの経済成長だった。この妙な融合感はどうしても説明がつかない。

そこに、また別の角度での日本人の本質を知るべきだという筆者の主張が出てくる。アメリカによって作られた戦後の日本のキャラクターは、日本人の本質ではない一方で、アクションとしては非常にマッチしており、有効性が高かったのだ。ギャップがあるのである。

本書を読んでいて感じるのは、この“経済成長の本質”の側面である。

この複雑な状態を、そこそこ薄い書籍で語り切ったところに、著者の力量がうかがえる。本作は、橘玲氏の代表作と言われるのはこの辺が理由だろう。

Q:読んでみてどう思ったのか?

A:非常に素晴らしい本だと思った。

ただし今となってはあまり脈絡のない、原発関連の記述はややビビりすぎかな?と思う。非常にしょぼさを感じなくない。今でも原発のことに対して、怯えている著名人はいなくないが、彼ほどの人間でも、あの時期は脳みそがおかしくなっていたのだなあと、懐かしく読んだ。

結末部分での白人やタイ人の例を出して、徐々に日本人の分析に迫っていく構図は、彼のような外国語に堪能な知識人以外できないアプローチだと思った。

Q:どのような人が読むべきか?

A:難しい書籍対して、程度耐性のある人でなければ読みきれない可能性が高い。

本書は、読みやすいベストセラー作家である橘玲氏の書籍の中でも、難しい部類に入る。厚くはないが、ページ数も少ないとはいえない。

もしかしたら、一番記述はこれまでの著者区の中で最も難しいかもしれない。なので、Amazonであれほどの膨大なレビュー数があるのは、実に疑わしいと思う。おそらく、私の勝手な印象だが、このレベルの本は、一般的な日本人が読み込めないと思う。

あとは、ある程度アイデンティティ探しというか、自分探しを終えている人が読むべきものだと思う。年を取ってから読む本ではない。

日本人は大概、私も含めて若い時は「自分とは何か?」みたいな時期を過ごす。これは結構重い渇望のようなもので、結婚したり出産したりすると消えることが多い。これがないと、本書は読めない可能性が高い。気合いが入らない。ということで、本書は万人にはおすすめではない。

Q:逆にどのような人が読むべきではないか?

A:ネトウヨ等(日本人の人種優位性を信じる人)は、おそらく読まないだろうがいいと思う。なぜなら、ここにはネトウヨが世間的によくつぶやくことと逆の事実が多くかれているからだ。日本人をあまり有種ではない人種だという考えでも書かれているからだ。

基本的に本書は『リベラルを否定して、掘り下げて、バカにしまくった上に、最後にリベラルに戻る』という変なスタイルだ。回りくどいが、この本はリベラルのために書かれている。

なので、右翼的な、あるいはリバタリアンという幻想の一種に所属している人は、本書の60%くらいまで、騙されるような形で付き合わされる。Amazonで1点レビューをしている人は、ほぼこの類の人だ。

Q:本書は読みやすいか?

A:読みにくい。特に中盤は。前半と結末は多少読みやすい。

Q:この本を読んで得られることは何か?

A:日本人は、脱・普通を決め込んで、時間を無駄にすることがある。私もそうだ。特に、ミーティングや集団で行動するときなど、その禁断症状が現れる。

そのような無駄な時間を、本書を読んだ後は、絶対に嫌だと思うようになった。自分は、至って普通だったのだと、思えるようになり、時間と金を無駄にしなくなる。

Q:特に面白かった箇所はあるか?

A:橋下徹について第3章で多くがさかれているが、その辺に対しては特に興味深かった。論壇や分断には、彼を評価しているものが多いが、その幻想を『橋下徹公式Twitterの140文字をイメージしてみようコーナー』という彼のツイッターをフィクションとして書いてみるコーナーがあるが、ここで驚くほど表現できている。

そして、橘氏の予想通り、橋下徹は政界を引退し、普通のタレントになった。彼は、著者のいう通り演説や討論には強いが、政治家には向いていなかったのだ。この読みはさすがだ。

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