- 日本の映画関係者は「映画は映画館で見るべき」と断固に語る割に、その理由を明確に話すことはなかった。
- フランスは「劇場」で映画が生まれ、アメリカは5セント覗き窓「ニッケルオデオン」で映画が流行。フランス「映画館で見るべき」、アメリカ「個人で楽しむべき」を作り出した
- 配信は映画の「希少性」を瞬殺し「ライブラリ化」で鮮度を奪う。Netfilixは赤字垂れ流し企業。加入者10億人でも黒字企業になれない
- 配信化の流れは進むし、止まらない。だが、配信は儲からない。いずれは単なるインフラ(水道の蛇口)になる。希少価値(先行上映・舞台挨拶・映画祭)を提供できる「劇場」のポジションは戻る
- コロナ後の配信の行方を占う
- やがて映画館と配信は争わなくなる
日本の映画関係者は「映画は映画館で見るべき」と断固に語る割に、その理由を明確に話すことはなかった。
今回、ゴールデンウィークの緊急事態宣言を受け、どんな内容でブログの更新をしようかと考えていたが、いよいよこの「映画は劇場で見るべき論」について踏み込んでみたいと思う。ただし、いくら株式をやっていて、株式系の出版社でそれなりに業務をこなしている、また東京藝術大学の大学院で映像学の修士号を持っているから、といっても、そんな大した知識も経験もないので、あくまで私個人のぼやきとして読んでいただきたい。
フランスは「劇場」で映画が生まれ、アメリカは5セント覗き窓「ニッケルオデオン」で映画が流行。フランス「映画館で見るべき」、アメリカ「個人で楽しむべき」を作り出した

↑これがニッケルオデオン。5セント紙幣が銅(ニッケル)だったことから名前がついた。
以前にも少し触れたと思うが、映画を映画館で見るべきという主張は「ヨーロッパ的」、個人のデスクトップで楽しめれば便利というのが「アメリカ的」という流れがある。これが表面化して対立したのが、Netflix映画「オクジャ」がまたも冷遇 カンヌに続き韓国興行からも締め出しなどの2017〜2018年ごろに頻発したネットフィリックス映画騒動である。
カンヌとベルリンは、他にもアニメ作品(宮崎駿はギリギリOK)、CG、アクション作品を公式コンペから締め出す傾向があり、「これは映画」「これは映画じゃない」という権威の線引きを行う。欧州の映画祭は、えてしてアメリカ的なもの、アメリカが発明した大衆文化的なものを嫌い、認めない傾向にある。しかし、これに対してアメリカは同じヨーロッパ三大映画祭である「ベネチア国際映画祭」を買収し、そこで「アメリカ的な映画」に賞を取らせて、抵抗する。というやり方を最近し始めている。その代表的なものが、「レスラー(ミッキーローク主演)」「ROMA(アルフォンソ・キュアロン監督)」「ジョーカー(アメコミ&CG・合成)」といった近年の金獅子賞(グランプリ)の作品群である。
配信は映画の「希少性」を瞬殺し「ライブラリ化」で鮮度を奪う。Netfilixは赤字垂れ流し企業。加入者10億人でも黒字企業になれない
映画は今後配信スタイルが制覇するのか?私の答えはNOである。
日本では『全裸監督』などの成功でスタッフギャランティが高く、法務的な体勢を整えていることで「攻めた作品作り」ができることが知られてきたネットフィリックス。しかし、株式投資家としてネットフィリックスを見ると、非常に企業経営の問題があり、成長性に疑問を感じる、ダメ企業一歩手前のハリボテ大企業のイメージが強い。先日も決算をしくじり、株価が大暴落している。

ネットフィリックは4月末の悪決算で大暴落。コロナ後、決算しくじりが増えている。
配信化の流れは進むし、止まらない。だが、配信は儲からない。いずれは単なるインフラ(水道の蛇口)になる。希少価値(先行上映・舞台挨拶・映画祭)を提供できる「劇場」のポジションは戻る
ネットフリックスの決算に加え、4月に発生したもう一つの大暴落「アルケゴスショック」の原因となったバイアコムCBS(ソニーピクチャーズの親会社)という映画制作・配信最大手の借金による公募増資(株を発行して資金集めすること)など、近年、映像配信が儲からないということを示す事件が多数起きている。つまり、配信は映画館を潰しているが、自分も同時に沈んでいるのである。
だが、ヨーロッパ式の「映画は劇場で見るべき」は正しくはない。もし、映画館に人が戻ってくるとしたら、もっと快適で気持ちが良く、いい気分にさせるような理由が必要である。その中で、やはり注目するべきは「配信まで時間がかかる」「舞台挨拶」「限定グッズの配布・販売」「誰にも邪魔されないで上映時間ジャストで見終われる」「デートに誘いやすい」などの利点による復活であろう。映画好き・シネフィルのよく言う「映画は歴史的に映画館のために作られ〜」「映画館は画面も音も良く〜」は、近年のスマホとやイヤホンの進化を考えると噴飯もののダサい権威付だが、とはいえ、劇場は権威的なイベントスペースであるため「映画祭」での権威付も今後復活して行われるだろう。
コロナ後の配信の行方を占う
これらを踏まえ、私のコロナ後の映画産業の予測を箇条書きしてみたい。
- 映画を配信サイトに置く時間は減るし、ころころサイトを移動するようになる
- 配信会社が映画(120分)を制作すると映画祭でかからないので、別会社で映画を作るようになる
- 配信会社は12クール:60分のドラマしか制作しなくなる
- 配信会社のブランド戦略で「監督」「俳優」の権威づけが独自に行われる
- 1作目を配信。人気が出れば2作目は劇場公開という流れができる。
- 配信会社の分散化・低価格化が進む
- 大手配信会社(ネトフリ・CBS・HBOどれか)が破産し、配信料金が見直される
- 配信料金の値段の上げ下げが激しくなる
- 権威づけされた作家の視聴料が高額になる
- 旧作のイベントが劇場で増える(主催は配信会社:権利確保ビジネス)
- 他ジャンルの成功企業が牛耳る(アマゾンなど)
以上のことを私なりに予測している。
大きな映画会社が大腕を振って存続することもできないが、だからと言って配信会社が劇場を支配することもその利益の質から見てできないと思う。ただ、一部の劇場、一部の配信会社の所有権を転がしながら、宣伝費を使って運営していくことはあり得ると思う。
もしくは、アマゾンやマイクロソフトのようなネット世界企業が最終的な配信会社として生き残りを担う可能性も高いと思う。つまり、ネットフィリックスは映像業以外の何かの基軸産業を作らなければ最終的には倒産するという見込みが簡単につくからだ。
やがて映画館と配信は争わなくなる
この流れで、私の結論としては映画館と配信は争わなくなると思う。
これはコンビニとスーパーマーケット、ドラックストアが、同じ食品を販売するのに業界的に敵対心がなく、限りなく競争状態にないのに似ている。役割の明確化と作り手の許容が、その流れを生み出していくのだ。そしてそのきっかけとしてコロナショックが存在していた、という感じになると思う。
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