著者紹介

橘 玲(本名:上田高史)
早稲田大学文学部ロシア文学科を卒業。元・宝島社の編集者で雑誌『宝島30』2代目編集長。経済書籍での脅威のベストセラー出版率を誇る。
※本書で、橘玲自身が、自分が上田高史であることを明かしている。上田高史は、宝島社に所属していた90年代からビジネス本で頭角を表し、2000年代には角川が出資してヒット本を数多く出したメディアワークスの中心人物となっている。
目次
- Prologue No Woman, No Cry/ 1978‐1981
- 雨あがりの夜空に/ 1982
- ブルージーンズメモリー/ 1983
- 見つめていたい/ 1984
- 雨音はショパンの調べ/ 1985‐1995
- DEPARTURES/ 1995‐2008
- マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン/ Epilogue Redemption Song
概要(ブログ主の勝手な考えをまとめたもの)
本書は、著者である橘玲が本名である上田高史として活動していた80年代をメインに書かれた自伝的な小説である。とはいえ、私生活をそのまま書くというよりは、80年代独特の時代的背景が、彼の所属した組織や友人関係などを通じて、書かれている。
著者は、20代を過ごす80年代に本書を読む限り10社ほどの会社を転職もしくは起業して、渡り歩いている。著者は、バブル全盛期に大学を出たが、新卒で企業には入らなかった。
キャリアのスタートは、マクドナルドのバイト
時系列で言うと、学生時代にアルバイトをしたマクドナルドから、大蔵省によって監査が入り潰された「海外宝くじ専門雑誌」、自民党大物政治家であった三塚博によって引き起こされた性表現スキャンダルによって営業停止をした『キャロットギャルズ』編集部(起業)、そして伝説のカルチャー誌である『宝島』編集部(2代目編集長)という流れだ。
マクドナルドでは、当時高収入エリートの部類だったエリア担当マネジャー(年収2000万で外車を乗り回している)のスカウトを受けるが、結局、日本マクドナルドには入社しなかった。
そこから、在野の怪しい出版社への転職を繰り返す。
倫理無き80年代。合法・非合法は問わず稼ぎまくる
弱小出版社での仕事は、危険なものが多かったと告白している。倫理観に反旗を翻して、強引に勃興させる新ビジネス的手法で、危ない橋を渡り続ける。
特に、ヨーロッパの宝くじを雑誌読者の資金をもとに買い付けて、郵送するビジネスの描写がすごかった。来る日も来る日も大量の現金入り書留郵便が送られてきて、出版社側はその為替や預金金利で暴利を得たりしながら、ウハウハの毎日。テーブルに札束が乗り切らなかったと言う。
そこにある日突然、財務省の監査が入り込んで、業務停止命令をすると言う流れだ。日本では、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)が、完全に国内の公営ギャンブルを抑えており、その筋から外れた商売を徹底的に痛めつけていたのだ。この恐ろしさの描写が面白い。
村西とおる『全裸監督』に肩を並べるような、非常にバブリーな内容だ。
バブルの時代性を象徴する“雑誌文化”
おそらく、この『80’s エイティーズ』と『全裸監督』が後々、日本のバブル期を書いたバイブル的なものになると思う。この二冊には、今だから書けることが多く書かれている。
当時は現在のように情報(個人・法人)があからさまに開示されていなかった。それゆえ、他社と差別化するために大胆な出版業やメディア業はスキャンダルを引き起こされ、監視されていた。そんなまだまだ儲かる産業であった出版業の狂気の盛況さが、冷静な視点のもと描写される。
橘氏はできちゃった婚で、シングルファザーだった
興味深いのは橘玲氏が、若干24歳で子供を作るものの早期に離婚し、子育てをしながらこの時期を過ごしていることだ。ここが、村西とおると大きく違う。もしかすると、橘玲氏の本著作の方が、リアルな80年代の時代感が表れているかもしれない。なぜなら、この子育ての描写で、当時の日本の生活環境がだいぶわかるからだ。
日本がかつて、世界覇権国に大手をかけていた猛烈な勢いを持つ国であることを示すような描写だけではなく、このような80年代の生活環境も本書には書かれている。
Q:なぜ橘玲はこのような本を書いたのか?
A:彼自身の環境の変化で、身バレを気にする必要がなくなったからだろう。
推測するに、1980年代前半の彼の子供は、もうすでに成人していて、就業をしているはずだ。子育ての期間はとうに過ぎており、子供のためにプライバシーを守る必要もない。
2000年代に入った直後は、彼の仕事でもリスクのあるものが多かった。
彼の名を知らしめた『マネーロンダリング』や、金融業界の脱税構造を暴露した『黄金の羽』などの匿名でしかできないような危険な仕事から、10年以上が経ち、彼自身の評価も現在確立している。彼は、最近、徐々に自分の正体である上田高史時代の話をするようになっていた。
脱税本として著名な『黄金の羽』『マネーロンダリング』『タックスヘイブン』
80年代の再リスペクトのブームが近年あったのも大きいと思う。2000年代以降の生まれのZ世代などは、自分達が生まれる前の80年代カルチャーを注目する風潮がある。
加えて、橘玲氏が80年代に世話になった取引先や上司たちが、もうほぼ全て引退していたことも、本書を書きやすくしただろう。
それに、2000年代前半に出版した脱税三部作の『黄金の羽』『マネーロンダリング』『タックスヘイブン』から、本書出版までは8年以上が過ぎており、時効が成立する期間を経ている。
Q:本書を読むべき人はどんな人か?
A:80年代のノスタルジーに浸りたい人。80年代を知りたい人。
私は80年代育ちなので、この時代のノスタルジー感はわかる。本書でもゲンナマの万札が飛び交うような表現が至る所に存在している。
だが、80年代は精神的な病や社会不適合者というものが誕生した時代でもある。
この書籍には、著者と同じ早稲田大学文学部ロシア文学の同級生である篠原くんという人物を通じて、この部分についても、かなりきっちり描かれており、リアルだ。
しかしそれでも、そこにあるのはノスタルジーであり、このノスタルジーの徹底ぶりは彼の書籍にしてみれば、非常に珍しい感じがする。彼の中でも80年代は刺激的で楽しい時代だったのだろう。
そして、その楽しい時代がいかにして平成元号変更と地下鉄サリン事件によって、終焉してしまったかについても書かれている。『全裸監督』はある意味ウソや妄想が多い書籍だが、橘氏は本書は、それぞれの事象が社会的な動向とリンクしているので、信用度が高い。
Q:本書を読むメリットについて
A:今の労働問題(働かないおじさん、正社員信仰、ブラック労働)などが、いかにして、形成されてきたのかが、本書を通してわかる。現代の日本社会で、人々を苦しめているのは、いまだにこういうバブル期の思い出的なものの、残りカスなのだ。
だからと言って、そういう諸問題に対し、どうすればいい、という答えのようなものは載っていないが、案外本書の知識を持っていれば対処できる気がする。
『全裸監督』も『80’s エイティーズ』もブラック労働が根底にある
なぜ、企業がブラック労働を社員に強制してしまうのかというのを考えると、理由は2つある。
- 1つ目は、このバブル期という収穫時期に形成された労働倫理
- 2つ目は、急激な不景気によって企業の会計が崩れ、現場が追いつかなかった事
このブラック労働形成の本質・特徴は、本書を読むと学習できる。そして、その知識で、組織の外側から事前に察知できるようになる。本書を読んだ多くの人はこの点に賛同してもらえると思う。そういう意味では、80年代に興味がある若い人も、読むべき書籍だと言える。