基本情報
スタッフィング
原案:小笠原恵子『負けないで!』
監督:三宅 唱
脚本:三宅 唱、酒井雅秋
プロデュース(おそらくエグゼクティブプロデューサーだろう):長谷川晴彦
撮影:月永雄太
照明:藤井勇(今回のキーパーソン)
録音:川井崇満(今回のキーパーソン)
美術:井上心平(今回のキーパーソン)
キャスト
岸井ゆきの(残念だった)
三浦誠己
三浦友和
仙道敦子(今回のキーパーソン)
松浦慎一郎(今回のキーパーソン)


三宅 唱の特徴:ロケーション切り取り角度マスター&俳優への圧力
2つの特徴
はじめに、私なりの三宅 唱の作家特徴と言うのを解説しておく。
- (1) カメラを直線に対して斜めに設置して、錯覚を伴うストーリ効果を引き出す
- (2) 複数の俳優に圧力をかけて、集団的即興状態を出す
(1)はどう言うことかと言うと、上記のプレイバックの予告編でも見られるように、たとえば車通りの激しい国道を俳優に、斜めに横断させて、車に轢かれそうなショットを作ることなどが挙げられる。
プレイバックは、主人公の中年高校生ムラジュンが常に死と夢の中を彷徨う演出がなされる。
この(1)は(2)と同時に行われることも多い。
(2)に関しては、シナリオに書かれたセリフ、たとえば最後のセリフ以後もシーンを止めずに演技をさせ、即興演技をするしかない状態に追い込んだりすのが彼のよくやる演出である。
三宅監督は、常にこの(1)と(2)を期待されており、むしろそのためには、シナリオ的な面白さは捨てていい作家という扱いを受ける。この辺は、ライバルの濱口竜介とは全く異なる点だ。
ちなみに、濱口竜介は、映画史に準じた膨大なチェック項目を設けられており、それらをクリアしたかどうかを問われる作家に近い。新しいチャレンジは求められていないが、センター試験のような高密度で高確率を、どれだけ低予算の原資的な方法で対処をしたかを求められる作家だ。
演出の精度が高く、シナリオの優劣が期待されていない作家
濱口竜介監督の話も出たので、ついでに解説すると、濱口竜介監督は、俳優の演技とカメラ演出で高いレベルだと言う認識がある。むしろ若手で一番と言う見られ方が一般的だ。
だが、映像関係の仕事をしていたり、映画を監督したことがある人間からすると、三宅 唱は、その濱口竜介の数倍の演出力を持っていて、それはおそらく濱口竜介監督もわかっていると思う(だからインタビューでいつも彼は下手に出る)。そもそも素質が三宅 唱監督の方が全然上で、その差はインディーズの頃から全く埋まっていない。この関係は実は、15年ぐらい続いている。
その関係は高畑勲(三宅 唱)、宮崎駿(濱口竜介)という比喩でわかりやすいと思う。
しかしながら、三宅 唱監督は、濱口竜介監督のような、作品を見たい人に効率よく届ける、自己プロデュース力が、濱口監督には断然に劣っている。そこも、高畑勲と宮崎駿の関係に等しい。
岸井ゆきのが、三宅 唱監督とミスマッチだった理由
動きの遅さ、ボクシングスタイルの魅力の無さ
今回、私は岸井ゆきのさんがなかなかのミスキャストに映った。理由は以下の通り。
- 最初から最後まで動きが遅く、悪い意味で一定で一辺倒
- 元ボクサーの松浦慎一郎氏に頼り切り(初心者的なミット打ちしかできないようにも見える)
- 監督の演出以外で、耳の聞こえない演技が成立していないし、提案もなかっただろう
岸井ゆきのは、終始一貫してボクシングが下手なままで、到底プロテストを合格できるようなボクサーに見えないまま終わってしまう。そのせいで、変なギリギリ感は残ったが、設定に無理がありすぎたことをも、逆に表現してしまった。
ボクシング指導と主要人物を演じた松浦慎一郎氏の助力がなければ、ほぼ全てが成立しない。
むしろ時々出てくるエキストラのジム員が、物凄いプロに見えてしまうという現象が多発する。
ボクシング指導と音響効果(ミット音など)が際立つ
それでも、本作で岸井ゆきのをボクサーとして成立させたのは、松浦慎一郎氏のボクシング指導と、劇中でのトレーニングメニュー構成、あとは録音技師の川井崇満氏の音作りだろう。
嘘っぽいアフレコを、現在の録音技術・音加工技術でどこまで出来るかを試す
ボクシング映画というのは、従来から撮影後に音を別撮りで付け足すアフレコ技術によって成立していたので、そのせいで、現実には存在しない音効果が満載で、わざとらしい音演出が主流でかつ世界標準という、音響的な意味で、変なジャンルだった。
本作の新しさは、そこである。
本作では、観客の居ないリング、アナウンサーの不在、音の効果でやすい古びたボクシングジム環境(木造は珍しい)、ミット打ち(松浦氏の出演)、など、よく見ると音を引き出すためのこだわりが多数見られる。そもそも低予算のボクシング映画がそんなにないので、低予算ならでの実験という意味でも、貴重なモデルケースとなるような効果が結構楽しめる作品だ。
音が聞こえない主人公。岸井ゆきのは、振動や揺れに対する演技をしなかった
そんな環境の中で、俳優には重圧がかかっていた。
そもそも、主人公は音が聞こえないという、相反した設定。やれることが限られているのに、岸井さんはそれに気がついていないように見えた。
彼女がしなければいけなかったのは、今回は目の動き(目の演技)だった。
つまり、振動や揺れ、風圧や異変を、目で感知する演技を、監督が指示しなくても多くカメラに刻んでおかなければダメだったのだ。それを、彼女はしているように到底見えない。
映画の見方というのは多元的と言われるが、ディレクター目線で考えると、この辺はおそらく意見統一ができるのではないかと思う。
演技が元々上手い女優さんなので、今後はその辺は期待したい。
Q:どんな人が見るべき映画か?
A:古き良き映画が好きな人。
三宅監督の作品の醍醐味は、なんといっても映画史に対する博物館的なアプローチで、その技術力が黒沢清や濱口竜介よりも、一段から二段ほど深く掘り下げられているところだろう。
今回、それが音とロケーション選び(ボクシング映画を見てきた人に対して)にあらわれている。
私としては、音環境の整った映画館で見ることをお勧めしたいが、配信なら高性能なワイヤレスイヤホンを試す映画としておすすめしたい。この映画で、そのイヤホンの良し悪しがわかる気がする。
2,000円くらいのイヤホンと、ゼンハイザーのイヤホンでは、かなりの違いが出る映画だと言える。
このような音へのこだわりは、最近の映画祭ではカメラやフレーム演出以上に求められるケースが増えている。これから初めての映画作りをする人にも、そういう意味ではおすすめである。
この作品はプライムビデオに収録されています。
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