本書はアマゾンオーディブルやオーディオブックで耳読書することも可能です。
著者紹介

シェリー・ケーガン(1956〜)
1982年にプリンストン大学で博士号を取得。専攻は倫理哲学(Moral philosophy:日本ではかつて美学という分野で扱われることが多かった)。著書に『倫理学の限界』(1989)、『Death(本書の原書)』(2012)など。動物的意識と人間の違いを中心に、死や意識の停止と肉体についての哲学的な考察が学業の中心。2016年からアメリカ化学芸術アカデミーのフェローに就任。
目次
- 第1講「死」について考える
- 特別書き下ろし 日本の読者のみなさんへ
- 第2講 死の本質
- 第3講 当事者意識と孤独感――死を巡る2つの主張
- 第4講 死はなぜ悪いのか
- 第5講 不死――可能だとしたら、あなたは「不死」を手に入れたいか?
- 第6講 死が教える「人生の価値」の測り方
- 第7講 私たちが死ぬまでに考えておくべき「死」にまつわる6つの問題
- 第8講 死に直面しながら生きる
- 第9講 自殺
- 死についての最終講義 これからを生きる君たちへ
概要(ブログ主の勝手なまとめ)
書店でずっと目立つ場所に置かれ続ける本であるため、目撃した人も多いだろう。だが、哲学書(入門書だが)だということを知ると、購入を諦めた人もかなりいるのではないだろうか。
私は、そうだった。だが、オーディオブックで無料で読めるようになったので、ようやく読むことができた。色んな意味で期待を超える内容だった。
体が生きている時間=人間が生きている時間ではない
本書では、P機能(人間的機能)が、体が維持されている間とは別に考えることで、人間の生命時間を正確に抽出するという考えに立って、人間性の生を解説している。
例えば、人生100年というフレーズが、2020年ごろから広告代理店を通して日本では流布されているが、これは「人間としての生命時間」ではない。
人間が生きている時間=自我の芽生えと記憶の安定化した期間
その人の生命時間は、以下の通りに分類できる。
- 体が正常で、意識がない期間(例:赤ちゃん時期、痴呆症老人など)
- 体が正常で、意識がある期間(例:青年期、中年期など) :A期間
- 体が正常ではなく、意識がある期間(例:障害者、重病期など):B期間
- 体も意識もダメな期間だが肉体がある期間(例:死の直前、脳死など)
上記のリストの中でP機能が正常に作動している人間らしい時間は太字の部分だ。さらにこの二つの期間をA期間・B期間とする。すると、人によってはA期間からB期間になってしまった時に、著しくパフォーマンスを落としたりするケースもある。
ごく稀であるが、B期間であってもA期間よりもいいパフォーマンスを出せる人もいる。だが、それはごく稀にであり、だいたい満足感としてはA期間の方が高い
A期間=B期間ではない。ということである。
そして、一般論としてはA期間だけが人間らしい期間ということになる。
P機能が正常である期間は、思ったよりもかなり短い
上記の考えに立って「人生100年時代」を見直すと、こういう例を考えることができる
- 100年 ー 8(幼年時代) ー 20(生活機能を喪失した高齢者時代)=72年間
そして、これに睡眠時間、うつ病時間、ショック時間などを考慮するとさらに短くなる。
この考え方に立つと、例えば現在45歳であった場合、残りの人生は55年ではなく、25年弱という考え方ができる。これが現代哲学で言う『生きる』という定義から導き出される考え方だ。
本書の1/3は、自殺を肯定できるか? に割かれている
本書を書いたシェリー・ケーガンは、アメリカの白人であり、キリスト教の社会の中で生まれ育った。そのため、自殺という行動は、それこそ全否定で考える環境下にいる。
そんな彼が、世界最高峰のイェール大学で「死」を教える立場になってしまった。一般生活の中でのような「安直な自殺の否定」は、イェール大学では許されるはずがない。
そこで彼は、「死」の講義において、「自殺が肯定できるか?」という難問に挑む。というか、本書は正直に言えばいかにして、この名哲学教授シェリー・ケーガン「自殺を肯定」したかの過程を読む本だとも言える。
長々とした、ずいぶん過剰で慎重すぎる議論だが、この部分は読む価値がある。この「自殺の肯定」は、かなり限定された条件下で告白されるが、おそらく多くのアメリカ青年の支持を得たから、本講義がイェール大学で、25年近く人気授業となったのだろう。
Q:どのような人が読むべきか?
A:「自殺」「余命」に興味がある人。もしくは、職業的に人の「死」に関わっている人。
この哲学入門書を読んでどんな役に立つのか? と問われれば、それは一言で「他人の気持ち」にどこまで寄り添えるか?という話になる。
当然、本書を買う人の多くは自分のために読むことだろう。だが、自分の死や運命といったものは、自身では気がつかないことも多く、そもそもどうすることもできないケースがほとんどだ。
それ以前に、自分の窮地は、どうしても理性的な思考回路よりは「気持ち」が優先する局面となり、そういう時に哲学に頼るということはない。もっと簡単にいうと、そういう時にはもっと違う本(宗教の本だとかポジティブ系の本だとか、あいだみつを的なもの)を読むだろう。
そういう意味で、本書を読む効能として利益があるのは、他人に接するときだと言える。
Q:本書はなぜベストセラーになったのか?
A:権威的な人間が「自殺を肯定」したからだと思う。
しかも、かなりの数の人々がそれに共感し、納得する手法で彼はその状況を作った。
それに加え、宗教やこれまでの哲学は「自殺を安直に否定しすぎるために信用を失うケースが少なくなかった」とまで語った。
自殺を減らしたい、という人類の願望みたいなものが世の中には存在している。だが、今まで人類は冷静な判断ができなかった。ようやく、やっと最近できるようになったのだと著者は言う。
自殺を減らすためには、自殺をきちんと知り、一部の例外のみを肯定して、安易な自殺、間違った自殺を減らすことだという主張が、本書の一番の読みどころである。
本書は本当に良い本だと思う。
本書はアマゾンオーディブルやオーディオブックで耳読書することも可能です。