本作はアマゾンKindle Unlimited会員は無料で読むことができます。
著者紹介

あららぎ 菜名(ARARAGI Nana)
漫画家/イラストレーター/UI・UXデザイナー
東京藝術大学美術学部デザイン科卒業、同大学大学院美術研究科修了。卒業制作で執筆した『抑死者』がデザイン科N賞受賞、2018年に同作品をLINEマンガ上で連載。(全一巻発売中)
連載終了後、Twitterやpixivにて創作漫画の発表、自身の藝大受験の体験をコミックエッセイ化した『東京藝大受験ものがたり』をSNS上で個人連載、受験生などから支持を受ける。ウェブサイト『note』でも作品を発表したところnote内でのコンテスト『Cakesクリエイターコンテスト2020』で6000作品の中から入選する。現在新連載に向けて準備を進めている。
追記プロフィール:2009〜2011年に受験・2011年に合格と推定
本書の入学式で登場する宮田亮平学長(著者の父親の同級生)が東京藝術大学の学長に就任したのは、2005年から2015年であり、バイトが見つかりにくい就職難の時期を考えると、著者のあららぎ氏(三浪)が受験したのは、リーマンショック後の2008・2009・2010・2011年の四年間の中の3年間と想定できる。
うち、入学式が初めて配信されたのは2011年なので2009〜2011年に特定できる(父親が配信で入学式を見ていたというくだりがある)。
そうすると、現在の年齢は32〜33歳くらい(2022年換算)だと思われる。
参照:2009〜2011年の東京藝術大学デザイン科の受験倍率

- 2009年(平成21年) 受験者 985名 合格者 46名 倍率 22.6倍
- 2010年(平成22年) 受験者 900名 合格者 46名 倍率 20.5倍
- 2011年(平成23年) 受験者 852名 合格者 45名 倍率 19.6倍
ちなみに東京藝術大学大学院の映像研究科映画専攻の監督領域の倍率は15〜30倍くらい。
目次
- 第1話 サクラチル―私、浪人1年生
- 第2話 同級生はライバル
- 第3話 一次試験を突破せよ!
- 第4話 落伍者の矜持
- 第5話 暗闇の向こうに
- 第6話 もう一度、好きになる
- 第7話 幸運をもたらす一筋の光
- 第8話 いざ、最終決戦の藝大へ
- 最終話 運命の合格発表
概要(畑違いだが同じ芸大出身者としての感想込み)
大学院で本流の上野ではなく、遠く離れた横浜にあるとは言え、私も東京藝術大学の受験を経験しており、本書を読んでかなり入試のテンションが近いと思った。
東京藝術大学の映像研究科の全体の倍率は2022年現在3〜4倍だが、映画専攻の表現芸術系は倍率が高く、おこがましいが私が卒業した専攻もデザインと同じくらいの倍率だった。
話がそれつづけて申し訳ないが、映像研究科の試験は、センター試験はないが1次・2次・3次・4次+主要教員との最終面接も含め、かなり長いだ。10月ごろから受験が始まり、12月、1月、2月と横浜に通った記憶がある。私は社会人で受けたので、仕事を何日も休むことになった。
デザイン科の1次試験は7時間、2次試験は6時間と書いてあった。
これに対して、映像研究科は、私が受験した当時は課題制作があったため、1次はポートフォリオと作文(提出のみ)で、2次・3次は共に、当日7時間プラス期間内の実習・提出(2週間以内に提出)だった。東京芸大の受験時間は、抜群に長丁場なのだ。
毎年違う芸大受験の共通要素だけを、絶妙に抽出&かなり役立つ!
大まかな著者の受験前提を書いておこう。
- 地方出身者で貧困家庭
- 合計で三浪した(全て二次試験まで通過)
- 父親が工芸作家(元学長の宮田氏も工芸学部※倍率が低い。7〜9倍くらい)
- 予備校通いは夏期講習からで、前半はバイトで貯金期間
- 高校1年くらいから藝大を目指している(これはかなり早い方)
- デザイン科は一番倍率が高い
感情的にとても感動的であるだけでなく、受験生が芸大受験対策として読むマンガとしても凄い参考になる作品だと思った。以下、それについて詳しく書いていく。
課題提出式の授業についていくための選抜試験ゆえに、長丁場な芸大受験
本書を読んで思ったのが、6〜7時間が当たり前という芸大受験独特のメンタルと試験対策に関して実に有効なことが書かれているということだ。
通常の大学受験は、90分程度であるのに対し、作品のプラン・実作を完結させる芸大の受験は、全く違うメンタル・技術力を伴う。7時間でも時間が足りない、という感覚は、本書を読まないとわからないだろう。
美しいものを提出できれば、合格する、という感覚
芸大試験は、はぐらかしとアンチシステム化の宝庫である。これは私も共感した。
それゆえに、慣性を鍛えるという、記憶力とも事務処理能力とも全く違う能力が、芸大受験の主戦場となり、そこでのメンタルの持ち方は独特。それが、本書が優れてわかりやすかった。
芸大の受験は、採点者の「驚き」を産まないと合格できない。実はこの熟練者を「驚かせる」道筋が、一番の肝なのだ。
藝大受験は、地方出身者が圧倒的に不利 & 3浪なんて当たり前
また、一般的に知られていないが、所属する予備校の格差が、普通の大学受験のようなフラット化をしていないのも芸大受験の特徴。あららぎ氏の通った予備校は、結局、彼女一人だけの合格者だったところにもこの傾向が現れている。
芸大受験は、圧倒的に東京が優勢なのだ。なぜなら、講師を現役芸大生にできるからだ。
私は美術館での展示作品もあるため、グループ展で日本画や油絵、先端芸術、デザイン科の卒業生の知り合いも少なくない。彼らは、ほとんどが浪人生だった。
最高で5浪の知人もいる。芸大で3浪は普通とは言えないが、結構いるので驚きはない。
あららぎ氏と父のデッサンに関する対話が、面白い
このマンガのキーパーソンは、間違いなく著者の陶芸作家の父である。
デッサンというのは、技巧の特性を見逃しやすく、評価しにくい。そして、その芸大受験の場合は、その見逃しにくいところに、得点が集中する。特にデザイン科は倍率が高く、その分課題がいじわる化せざるおえず、それを表現するのにこの父親のキャラクターが際立っている。
例えば、光の表現での父との会話でた内容を上げておく。
日本人はマンガ・アニメ慣れをしているため、光の表現を線で表現してしまうのに慣れてしまっており、ここが西洋美術との大きな食い違いを作っているのに気がついていない。
父親のそういう指摘によって、娘のあららぎ氏は、自分の誤りに徐々に気がつきます。


浪人時の資金、予備校学費などもダイレクトに
また、お金の話も過度に誇張されることなく、地味に辛い現状が素直に書かれているのがよかった。それは工芸家の父親の年収であったり、学費に関する親子の会話などだ。
こういう個人的な情報は、案外共有されない。マンガだが、ここはリアルだった。
という感じで、総じておすすめのマンガだといえる。特に受験生に。
Q:具体的にどのくらい役に立つのか?
A:芸大の受験は、希望者に成績開示がある。
著者のあららぎ氏は、三年分の試験結果を公開しており、その中で、センター試験での不合格(1年目)、一次試験・二次試験での不合格(2年目)という感じで、バリエーションもある。
対して、予備校内での講評で良い成績をつけられなくても藝大は合格できるということもわかる。ここは、予備校に入ると見失いがちだ。それに関しても分析が描かれている。
また、一次試験の場所取りの優位性から、構想の過程、作品出来不出来の冷静な判断もある。かつ、三浪目ではさらに視点が増え、現役受験生が陥りがちなワナも書かれている。
Q:デザイン科の倍率が最も高いのはなぜか?
A:藝大のデザイン科は、就職率も年収も他の学部を圧倒しているからだと思う。卒業生は、電通や博報堂、東京アドなど選び放題で、場合によっては海外での就職も簡単にできる。
特に電通や博報堂でアートディレクターになると、年収は簡単に1000万くらいはいく。トヨタや日産、ボーイングなどで、筐体デザインなどをするようになると、収入はそれらのチャラチャラした業界よりもさらに高くなる。
著者のあららぎ氏は、UI:ユーザーインターフェイス(User Interface)・UX:ユーザーエクスペリエンス(User eXperience)が専門ということなので、彼女の年収もかなりのものだと思う。この分野は、花形でフリーランスになると収入は青天井だ。
受験倍率2位の日本画や3位の油絵は極貧
逆にいうと、受験で苦労した割に藝大の本流派閥(歴史が古い)である日本画や油絵は、作家として大成する以外には、講師くらいしか職がない。しかも飽和状態だ。
作家として年収300万円以上を得るには、ギャラリーに所属することは必須で、年間でも個展を最低一回、グループ展を5〜6回やって作品も1000万円くらい売り上げないと無理だ。
個展では新作を何十作も発表する必要があるため、先行投資で大枚を叩いて、半年くらい音信不通になって仕込むのが一般的である。
要するに、デザイン科は芸大に入る時、唯一、親が素直に喜べる学科なのだ。
追記:ちなみに我が映像研究科もプロデュース専攻と撮影照明専攻は、就職先も豊富で年収が高い芸大では珍しい学科だ。特にプロデュース専攻は、広告代理店やテレビ局、映画制作会社で引っ張りだこ。撮影照明専攻は、45歳定年説はあるものの、CMに仕事を絞れば年収1000万はいける。
本作はアマゾンKindle Unlimited会員は無料で読むことができます。