映画監督研究(1:前編)西川美和:どうしても男性社会を描いてしまう人 & 書評『映画にまつわるXについて』(2013)

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著者について

西川美和:1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。『蛇イチゴ』で長編監督デビュー。『ゆれる』で、カンヌ国際映画祭監督週間に選出。その後も『ディアドクター』『永い言い訳』『すばらしき世界』などで、寡作だがコンスタントに作品を撮り続ける。小説作品でも、直木賞候補に上がるなど活動の幅は広い。

本書を読むべき人

  • 西川美和の作品のファン
  • 彼女の着想工程に興味がある人
  • 彼女クラスの映画監督が日々、どんな暮らしをしているか興味がある人
  • 西川監督と俳優の関係を知りたい人

キャリア前半〜中盤に当たる2013年に刊行

私は、映画監督をしているのもあって、これまで積極的に映画監督の書いたものを読まないようにしてきた。だが、ブログを書いているうちに読んだ方がいいと思うようになった。なぜなら、地味なテキストを書いているのにアクセスがいいからだ(グーグルの権威性?)。
本書を語る前に、少しだけ前置きをしておきたい。
西川美和監督は、今まで合計6作品の長編映画を監督している。これは映画監督としては多くはないが、女性監督としては非常に多い。

日本は労働スタイルの関係上、女性の映画監督が生き残らない

映画監督の職場は、なかなか他人には説明しづらいが、熟練の技術主義で、体力のあるものだけが選抜された、かつ、給料の非常に安い業界、といえばわかるだろう。女性の映画監督が生き残らないのは、料理人の女性が少ないのと同じだ。男性社会で低所得業界だからだ。

そんな中で、西川美和監督は生き残ってきた。
ただ、近年では映画監督がCM制作に携わる機会が増えたため、低所得化にストップがかかりつつあるが、それでも体力主義的には女性には不利な状況が続いている。

向田邦子タイプ:『ゆれる』以降、欧州の三大映画祭でかからない理由

彼女の最大の欠点を先に言ってしまおう。それは、彼女はどんなに頑張っても知らず知らずのうちに「男性社会」を描いてしまう監督だからだ。しかも、例え女性を主人公や主要人物にしても、男性社会で虐げられて苦しんでボロボロになる女性像を描いてしまう傾向が強い。これは、女性の権利が芸術に深く関わるヨーロッパ市場では、なかなか受け入れられないのはある意味当然であろう。
著書の中でも触れているが、西川美和のこの特徴は、70〜80年代にヒット作を連発して一時代を気づいた向田邦子と同じである。脚本以外でも作家として身が立っているのも同様である。だが、向田邦子の作品は海外ではあまり売れていない。そのマイナスポイントはこの父権制というか男性社会を描いてしまう点にある。時代に合わないのである。

本書から読み込める映画監督「西川美和」

本書では、西川美和監督が企画を練るために悪戦苦闘する普段の生活が触れられる(ちなみに次作の『映画にまつわるXについて 2』では、映画業界の人事・スタッフィングの男性社会についてがメインだ・後程記事に書く)。「ゆれる」のアイディアの元が、自宅の愛犬だったり、自身の父との関係(『父のカチンコ』)などである。
文章は、師匠の是枝氏が全然うまくないのに対し、のっけかから女流文学を見せつける。のちの直木賞候補としての片鱗は、このエッセイ集からある。ただ、私から見ると、彼女のこの作家としての流れが、黒沢清・是枝・河瀬直美の割り切った自分たちのエージェントのために作品を作る、という世界戦略の妨げになっている可能性とも見える。実力がある分、自分の売りどころに見誤りがあるのだ。言い換えると、意固地なところがない。意固地は欧州で受ける。

トロント国際映画祭で必ずかかっている間は問題がない

だが、西川監督は抜群の演出力があるため、そのテーマ性の危うさとは別に作品は北米圏では評価が高い。その状態が続いている限りは、評価の逆転もあり得る。父権性を扱い続ける作家が、晩年や死後に、欧州で評価されるという可能性も多分なくはない。女性の権利を重視する、というのがある程度達成されて問題にならないような社会が誕生してから、初めて評価の天秤にかかるかもしれない。
そんなこんなで、本書は純粋に彼女のファンが読むべきだろう。
映画業界人や監督志望者は次作の『映画にまつわるXについて 2』を読んだ方がいい。こちらは、かなり業界のヒエラルキー、スタッフィング、キャスティングに対する有益な情報が書かれている。


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