株主の行動で、株価を釣り上げる手法が満載。究極のバリュー投資『生涯投資家』村上 世彰

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著者について

村上世彰(むらかみよしあき:1959〜)

M&Aコンサルティングを核とする村上ファンドの創設者。2000年代前半に衰退産業で割安株だったニッポン放送の株を大量取得することでフジテレビを支配できてしまう株式構造の歪みを利用した公開買収騒動で、堀江貴文氏と共に時代の寵児となる。その後インサイダー取引容疑で逮捕。

小学校3年生の頃から株式投資を始める。東京大学卒業後、現:経済産業省に入省し公務員として約16年勤務する中で、日本経済の永続的な成長のためにはコーポレート・ガバナンスが大切であることを実感し、40歳を目前にファンド(M&Aコンサルティング:通称「村上ファンド」)を立ち上げる。

まず簡単解説:なぜ、村上ファンドがボロ儲けができたのか?

本書を読み込んで私がようやく分かったのは、なぜ村上ファンドが2000年代の日本でボロ儲けができたのかということ。それらを最初にざっと述べていく。

バブル崩壊後の日本は、経営者の能力が低い、貯蓄豊富な大企業が多かった

バブル崩壊後の日本大企業は「稼げていないのに貯金だけは豊富」という状態に陥り、守りに入る経営で負のスパイラルに突入した。また、上級役職が会社の資金に手をつける不祥事も頻発する。

今となっては、余剰資金は企業買収か新規事業に着手すべき、という常識があるが、バブル崩壊後の日本の大企業にはそのような考えはなかった。企業買収は倫理的に拒否される文化もあった。

ところが、バブル崩壊後10年ほど経ってくると、拓銀の破綻山一證券の破綻など、企業上層部の不正や経営判断ミスで潰れる企業が多く出ていくる。この時に政府や国の救済が始まると、事業再編のために、企業買収もありだと言う空気が出てくる。

村上ファンドはその時に誕生した。

意識が低かった企業経営者たち

本書を読む限り、村上ファンドの手法は企業買収の成功ではない。むしろ失敗することで企業に大量保有した株の買い上げをしてもらう、というかなり後ろめたい手法だった。

これは、逆にいうと企業側が、村上ファンドの攻撃(経営陣交代・業務改善案)に対して無策であったり、はっきりした返答ができないという裏返しである。それゆえに、村上氏からの言い値で株を買わされるという展開になる。企業経営者が、だらしなく間抜けだったのだ。

バリュー投資の延長としての、村上ファンドの手法

村上ファンドが取る手法はキャッシュを潤沢に持っている、経営がうまくいっていない、かつガバナンスに問題のある企業がターゲットとなる。決算短信の「投資」の項目など、資金の流れを見れば容易に、経営層のダメさ加減がわかる場合がある。そこを徐々についていくのだ。

一見村上ファンドが汚らしい組織に見える。しかしながら、これは日本で初めてプロキシファイト(大株主の戦い:委任状争奪合戦)を実践する上で、株主側が取れる数少ない安全策ということになる。

村上ファンドの手法をタイムライン化

本書から読み解ける村上ファンドの手法のパターンを以下に書いてみる

  • 基本的にはバリュー投資視線で企業を探す(余剰金:キャッシュを狙う)
  • バリュー投資を、株主アクションでブーストさせる手法
    具体的には資金を溜め込んだ企業に、自らの企業株を強引に買い戻させるという手法
  • (1)割安株を大量保有する(5%前後)
  • (2)経営改善案を提案
  • (3)(2)が拒否された場合に、買収提案(村上ファンドは成功を目指していない)
  • (1)〜(3)の間に株価はほとんどの場合、暴騰する
  • 大量保有者同士の話をまとめ、経営陣に株主のスタンスをあらためて報告
  • 買収提案・経営改善案の諾否判定
  • (2)〜(3)を繰り返す
  • 企業経営陣が、徐々に疲弊していく
  • 株を経営陣に譲渡(割高に売却:ゴール)

これは、実は村上氏の独自の手法ではなく、アメリカで1970〜1980年にしごく当たり前のように行われてきたメジャーな「もの言う株主の代表的な手法」だった。

買収提案・企業再生案がうまくいかないことで、利益を得る

ただ、これらは物言う投資家の提案の成功としてではなく、失敗した時の挽回策である。それでも、この手法であれば半年や1年と言う短期間に60%から200%程度の収益を上げることができる。

この手法が、日本では「ハゲタカファンド的」な手法だと言われてきた。それはなぜかと言うと、大衆を惑わし、裏では嘘を隠すのを必死な経営者上層部と、最初から買収に本気ではなかったと見られる投資家側印象面の悪さだと言える。

ようは、全員が嘘をつきまくり、醜い環境が大々的に報道されることになるのだ。

村上ファンドは結局、この手法をもっとも多く採用してしまった。それは、もしかすると当初の目標ではないし、本望ではなかったのかもしれない。

以上のことを踏まえて、本書を読み解いていきたい。

内容紹介・目次

内容紹介:出版社の文章

2006年、ライブドア事件に絡み逮捕された風雲児が、ニッポン放送株取得の裏側や、投資家としての理念と思いを書き上げた半生記。

目次

  • 第1章 何のための上場か
  • 第2章 投資家と経営者とコーポレート・ガバナンス
  • 第3章 東京スタイルでプロキシーファイトに挑む
  • 第4章 ニッポン放送とフジテレビ
  • 第5章 阪神鉄道大再編計画
  • 第6章 IT企業への投資―ベンチャーの経営者たち
  • 第7章 日本の問題点―投資家の視点から
  • 第8章 日本への提言
  • 第9章 失意からの十年

ブログ主の勝手な分析

オリックスの宮内氏との共闘:当初は日本企業へのガバナンス浸透を目指した

村上ファンドの一番初めの支援者は、本書でも書かれているオリックスの宮内義彦である。宮内氏の直接の出資で、村上氏のファンド「M&Aコンサルティング」は設立された。

村上氏がファンドを設立するにあたっての大義は「日本にガバナンスという概念を定着させる」というものだったが、これは裏を返せば、ガバナンスが浸透していない日本では、物言う投資家の出口戦略として、企業経営部による高額な株の買い戻しという選択肢が、大いにあり得る、と言うことになる。

東大卒で官僚を16年間続けた村上世彰は、この「ガバナンス浸透」という大義と、どちらに転んでもリッチになれると言う安全性で村上ファンドを始めたわけだ。

村上氏はハゲタカファンドとして最初からある程度の活動を見込んでいたことになる。ただし、これは何度も言うがリスクをとる人間の心理的に、当然あって然るべき出口で、村上氏の人格が特に悪いと言うものでもない(良いと言うことでももちろんないが笑)。

初期の村上ファンドを支えた、米国KKRとゴールドマンサックス

プロキシーファイト(大量保有をしてからの経営層に対するアクション)を支えたのは、米国のファンドであるKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)である。KKRは、ヘンリー・クラビスとジョージ・ロバーツによって設立され、多くの企業買収を行ってきた、いわゆる老舗の企業買収ファンドだ。これに、のちにゴールドマンサックスが加わる。

KKRの創設者であるヘンリー・クラビスとジョージ・ロバーツ(公式ページより引用)

村上ファンドが初期にハゲタカファンドと言われたゆえんは、当然、KKRに薦められ、手法を教わるプロキシーファイトを行ったからである。これによって村上は、アメリカの手下という印象をもたれる。

ただ、国内に企業買収のプロも、協力的な金融機関もなかったので当然といえば当然だ。村上氏は、のちにいろいろ周囲に突っ込まれたのか、公然と詳細を人前で話すようになった。

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経営陣に汚職が蔓延していた「東京スタイル」

私が最も興味深かったのは、保有している膨大な資産を社長(高野義雄)が無断で株を購入し、購入先の企業からキックバックを受け取っていたことや、不可解な形で自社ビル建設を目指したりした事態が発覚した東京スタイルの例である。

社員としての出世が、社長として結実した時にバブルが崩壊し、そしておとづれた人間の堕落としての生々しさは、本書で描かれる村上ファンドの内実よりもむしろ面白い物だった。

この東京スタイル事件では、むしろ村上ファンドの動向は、ガバナンス重視の姿勢をとる今となっては普通の株主の姿勢であったことも印象が強い。要するに普通で正しいことをしている。

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堀江貴文との(表面上の)共闘

最後に、村上ファンドを最も有名にしたフジテレビ買収に関して、本書に書いてあることをざっと思い起こして、村上氏のスタンスを考えていく。

当初、ちっぽけな親会社(ニッポン放送)が、巨大な子会社(フジテレビ)の権利を持っていることに気がついたのは、ホリエモンこと堀江貴文だった。これに共闘する形で、時間外取引などを利用し、村上ファンドも共にニッポン放送株を買い集めた。

だが、村上ファンドは先にも述べた、買収を失敗させ、経営陣に高額で株を買い戻してもらうと言う儲け手法に、どっぷり浸かっていたために、当然、ホリエモンと共闘して、汗水垂らしてクセものが多いフジテレビを運営していく、という頭はなかった

つまり、フジテレビ事件の最大のポイントは「やる気だった」ホリエモンと「やる気がなくて儲けるしか頭になかった」村上ファンドの温度差だった。

しかしこれには村上ファンドの方にも被害があった。それによって容疑者扱いをされた長女がストレスで流産してしまったのだ。これが今日の村上世彰氏のスタンスのベースになっている。

Q:どんな人が読むべきか?

A:本来なら、株式投資で成り上がったCIS(総資産250億円)テスタ氏井村氏、元J.com男のBNP氏などが、次のステージに上がるために読むべき本だと言える。だが、彼らはそこから上に行きたいとも思っていないだろう。

だとしたら、次にどんな人が読むべきかと言うと、それは株式投資でガバナンスが絡む投資をしている人間だろう。それは何かというと、バリュー投資(高配当株投資を含む)を行っている投資家だ。

決算短信や統合報告書などで、今は簡単にその企業のガバナンスをチェックすることができるようなった。大株主の上位10位も容易にチェックすることができる。

だが、なぜそのようなガバナンス情報が開示されるようなったのか?どうそれらの情報を利用するべきかは知る人は少ない。その時に、この村上ファンドの回顧録は良い意味でも悪い意味でも役に立つ。

当時も今も、株価や配当、そして優良株の存続にはガバナンスが最重要である。それを、エンタメ性をもって楽しく学べる書籍だといっていい。

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